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    <title>id=Nagano「長野のWebを楽しく」 | インタビュー</title>
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    <updated>2011-09-07T03:33:14Z</updated>
    
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    <title>28 加藤琢磨</title>
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    <published>2011-09-07T03:31:13Z</published>
    <updated>2011-09-07T03:33:14Z</updated>
    
    <summary></summary>
    <author>
        <name>id=Nagano事務局</name>
        
    </author>
    
        <category term="Creative Director" />
    
    <content type="html" xml:lang="ja" xml:base="http://idnagano.net/interview/">
        <![CDATA[<h5><img src="/interview/img/i_28kato1.jpg" class="interviewph" alt="加藤琢磨" /></h5>
<div class="profile">
<p xml:lang="en" lang="en">塩尻市出身で、現在は東京を拠点としているシフトブレインのCEO / Creative Director、加藤琢磨さん。「モノづくりにアイを」をモットーに作り出されるWebサイトの数々は、クライアントへの愛情とオリジナリティのあるアイデア・技術にあふれています。普段の仕事の進め方、今後取り組んでいきたいことなどをお聞きしました。</p>
<p xml:lang="en" lang="en">インタビュアー・写真・編集／ハラヒロシ</p></div> 


<p xml:lang="en" lang="en"><em>─まず、Web業界に入ったきっかけを教えてください</em></p>
<p xml:lang="en" lang="en" class="interviewcomment">もともと建築志望で、大学時代には工業デザイン学科でデザインの勉強をしていました。が、大学３年生まではほとんど大学には行ってませんでした。３年生のときに１年生と一緒に体育の授業をやってましたからね（笑）。それが、４年生になって入ったゼミの卒業生にFLASHクリエーターの巨匠「IMAGE DIVE」の長藤寛和さんがいることを知って、初めてwebの世界に触れました。長藤さんにあこがれてこの世界に入った人はきっと多いと思いますが、僕もそれからwebの虜になりまして、、必死にHTMLやFlashを勉強するようになって、いつの間にか一番学校にいる人間になっていました（笑）。<br />
その後、長野県内の広告代理店に内定をいただいていたのですが、本当にこの仕事をやりたいのかと悩んだあげく、断って研究室に残ることにしたんです。親戚や周囲の反対を押し切って東京に残っているので、何か形にしないといけない、という想いがずっとありました。<br />
ゼミの先生にとても良くして頂いて、同じ研究室の仲間とユニットを組んで研究室で作品を作っていたんですが、その中でたまたまwebのコンペで賞をいただいて、いろいろなつながりができたので、卒業した後も個人事業として活動し、紆余曲折を経て、2005年9月にシフトブレインを立ち上げました。
</p>

<p xml:lang="en" lang="en"><em>─仕事において、加藤さんの主な役割は何ですか？</em></p>
<p xml:lang="en" lang="en" class="interviewcomment">クリエイティブ・ディレクターです。クライアントとの最初に接触するときはディレクターと帯同し課題の整理や座組を決めることが多いです。そこからの業務はいったんディレクターに預けて、企画はできるだけ多くのスタッフとブレストしながら、最終的な提案・プレゼンを行うというメインの仕事になります。弊社の案件のジャンルをざっくり分けると、キャンペーン系が40％、ブランド・コーポレート系が30％、採用系が20％、その他10%ぐらいの割合で、僕がメインで担当しているのはキャンペーンですね。</p>

<p xml:lang="en" lang="en"><em>─クリエイティブ・ディレクターとして、重要なことってなんですか？</em></p>
<p xml:lang="en" lang="en" class="interviewcomment">いろいろあるんですが、一番の仕事は「クオリティ管理」と「プレゼン」ではないかと最近は強く思っています。クオリティ管理については、提案前や納品前には必ず自分のフィルタを通すようにします。ただ、アイデア出しはできるだけ多くのスタッフで話すということにしていて、ブレストしながらアイデアをまとめていく感じです。特に開発スタッフは最新の技術に対して貪欲に情報を収集しているので、できるだけ自分アイデアを押しつけずに、スタッフから出てきたアイデアをパッケージングするような役割でいたいなぁと思っています。<br />
プレゼンもすごく大事で、プレゼンの仕方も重要ですが、事前準備となる、提案書自体のデザインを作るのと作らないとでは、お客様に与える印象が全く違うなぁと感じています。<br />
僕らが売っている商品は何百万もするベンツと同じわけですから、そのパンフレットとなる提案書が普通だと中身が良くても買おうという気になれませんからね。
</p>

<p xml:lang="en" lang="en"><em>─提案ではどんなことを求められますか？</em></p>
<p xml:lang="en" lang="en" class="interviewcomment">クライアントさんへの提案と、代理店さんへの提案だと性質が異なりますね。クライアントさんへの提案の場合は、アポとって、ヒアリングして、提案して...というフローが成り立ちますが、代理店さんへの提案、特にキャンペーン系のサイトの場合はとにかくスピードが要求されます。思いついたらすぐに手書きで書いたものを送ってOKをもらう。それが面白いって思ってもわらないとその先に提案してもらえないですから、OKをもらえるまでひたすらアイデアを出し続ける感じです。その場で決めて、明日には提案！みたいなことをやっています。以前内閣府のお仕事をさせていただいたときに、代理店さんのほうから「３時間後に内閣府に来て提案に同行して」と言われて、ラフな格好で同行しましたが、ガードマンの方に止められないかヒヤヒヤしました。（笑）</p>

<p xml:lang="en" lang="en"><em>─すごいスピード感ですね...</em></p>
<p xml:lang="en" lang="en" class="interviewcomment">キャンペーンはＣＭやイベントなど他の広告と絡んでいる場合が多く、決められた日にローンチしなければ、何千万もの媒体費が無駄になっちゃいます。それを、僕らの徹夜ごときの理由ではずらせないですからね。それでもお客さんからの要望やクオリティーの妥協はできないので、大きなキャンペーンの発注が決まると、いつも相当な覚悟が必要です。「よしデスマーチ始まるぞ！」的な。（笑）</p>

<p xml:lang="en" lang="en"><em>─印象に残っている仕事はありますか？</em></p>
<p xml:lang="en" lang="en" class="interviewcomment">最近だと、 PlayStationソフト「<a href="http://www.jp.playstation.com/scej/title/welovecars/" target="_blank">WE LOVE CARS. |グランツーリスモ５</a>」ですね。このソフトは、ファンの間では発売をものすごく期待されていたソフトなんです。初めに代理店さんからキャンペーンの大枠のコンセプトをいただきました。"「WE LOVE CARS.」を広めていこう"、つまり、ゲーマーだけではなくて本当の車好きにもアピールできるよう、"私たち、車好きです宣言"をして、みんなの参加を促すような仕組みづくりをしていこう、というものでした。リアルでは、車に貼ってもらうためのステッカーをプレゼントしたり、そのステッカーを貼ってＣＭに参加してもらったりと、仕組みは決まっていましたが、デジタルでどう広めていくかは決まっていませんでしたので、そこから代理店さんといろいろと相談しながら企画をつめていきました。最終的には、ユーザーのTwitter壁紙を読み込んで、自由にステッカーを貼って壁紙をカスタマイズできる仕組みをつくったり、そこで作った壁紙をアップして評価できるようなサイトを作りました。そういった、アイデアと技術をうまく組み合わせて実現していくのが弊社の強みだと思っています。うちの開発スタッフのモチベーションが高くて、「何でもやってみようよ！」というスタンスなので、いつも助けられています。</p>

<p>▼WE LOVE CARS. |グランツーリスモ５ ※キャンペーン終了につき一部コンテンツのみ<br /><a href="http://www.jp.playstation.com/scej/title/welovecars/" target="_blank"><img src="/interview/img/i_28kato2.jpg" class="interviewph" /></a></p><br />


<p xml:lang="en" lang="en"><em>─会社のスローガン「モノづくりにアイを」に込められた想いを教えてください</em></p>
<p xml:lang="en" lang="en" class="interviewcomment">「アイ」には「愛」、「合い（コミュニケーション）」「アイデア（考え方）」という3つ意味があります。これは「ＩＴを使って幸せな仕組みを作る」という大それた会社ビジョンのために必要な要素だと定義していています。僕らが社会に対してできることは、モノをつくることなので、常にその三つの要素を意識したモノづくりをしていこうという想いが込められています。</p>

<p xml:lang="en" lang="en"><em>─ふだん、情報収集はどのようにしていますか？</em></p>
<p xml:lang="en" lang="en" class="interviewcomment">ネットでは、iGoogleに登録しているRSS、Twitter、Facebookが主な情報源です。ネットだけだと専門的になりすぎちゃうので、マス媒体からの情報もできる限り集めるようにしなければなぁと思っています。とはいえ、新聞を読むほど通勤時間がないので、録画したワールドビジネスサテライトを観ることと、週末朝イチから漫画喫茶に行って主要なビジネス雑誌など読み漁るようにしています。社長の行動としてはあまりよろしくないので、あまり人には言えませんが。（笑）</p>

<p xml:lang="en" lang="en"><em>─今後、取り組んでいきたいことなどはありますか？</em></p>
<p xml:lang="en" lang="en" class="interviewcomment">ソーシャルメディアを使って、いかにパーソナライズされたコンテンツを作り、ユーザーの興味をわかせるか、ということに注目しています。いまも、ソーシャルメディアを使ったサイトの企画がいくつか進行していますが、何分新しいジャンルなので、リスクも大きく、どうしても成功した事例をベースに企画を考えてしまいます。新しいジャンルだからこそ、それがスタンダードになる可能性を秘めているので、できる限りソーシャルに対して前向きに取り組んでいきたいですね。<br />
<br />


あとは、「ゲームに夢中になる仕組み（ゲーミフィケイション）」にとても興味があります。ゲームは"ストレス"と"快感"のバランスなんですね。最初は難しくてストレスを感じるのですが、クリアすると快感を感じてアドレナリンが出る。その次はもう少し強いストレスと快感を与える。その繰り返しで人はゲームに夢中になっていきます。そういうことを研究している本を読んでみると、そこには一定の法則を見出すことができるんです。ビギナーズラックを用意するのもそのひとつです。そういった"仕組み"を理解して取り入れてみたら、世の中にあるつまらないもの、やらなければならないことを仕組みを変えるだけで、面白くできる、夢中になれると思うんです。<br />

例を出すと、NINTENDO DSのソフトで英検のゲームがあります。普通テスト勉強はつまらないからいやいややるものなのに、ゲームであれば夢中になって勉強できる。当然成績が上がります。そういう仕組みを取り入れたサービスを作ることが僕の夢であり、目標です。まだまだその段階にはないですけど、ITを使って人が夢中になる仕組みをもっともっと学んで、経験して、いつか実現したいですね。
</p>


<p xml:lang="en" lang="en"><em>─ありがとうございました。</em></p>

<br /><br />

<p>▼慶応大学DMC機構 21722LAB<br />
<a href="http://21722lab.jp/" target="_blank"><img src="/interview/img/i_28kato3.jpg" class="interviewph" /></a></p>

<p>▼駒ヶ根高原レディスクリニック<br />
<a href="http://www.kklc.jp/" target="_blank"><img src="/interview/img/i_28kato4.jpg" class="interviewph" /></a></p>]]>
        <![CDATA[<h2 xml:lang="en" lang="en"><em xml:lang="en" lang="en">Profile</em></h2>
<p xml:lang="en" lang="en">加藤琢磨[Takuma Kato]<br />
CEO / Creative Director
</p>
<p>1977年生まれ。松商学園卒。大学時代に作ったサイトがたまたま賞にひっかかり起業。数人でユニットを組んで活動後、2005年に株式会社SHIFTBRAINを設立。「モノづくりにアイを。」をモットーに、キャンペーンサイトやブランドサイトをメインに情熱を持って企画・提案・プレゼンを繰り返す日々。趣味は１年前に始めたゴルフと、週末漫喫でビジネス誌を読み漁ること。</p>

<p><strong>受賞暦</strong>：<br />
信毎ホームページ大賞入賞、アックゼロヨンアワード入賞、W3 Award Silver＆Goldなど</p>
<p><strong>執筆暦</strong>：<br />
Web Designing 2010年7月号巻頭特集「最新ユーザーインターフェースの設計図」、web creators 2009年8月号巻頭特集「低コストで効果があがる最強WEBサイト制作術」</p>


<h2 xml:lang="en" lang="en"><em xml:lang="en" lang="en">Link</em></h2>
<p><strong>個人</strong>：<br />
<a href="http://twitter.com/addsugar_takuma" target="_blank">Twitter</a><br />
<a href="http://www.facebook.com/takuma.kato" target="_blank">facebook</a>
</p>

<p><strong>SHIFTBRAIN</strong>：<br />
<a href="http://www.shiftbrain.co.jp/" target="_blank">SHIFTBRAIN</a><br />
<a href="http://twitter.com/SHIFTBRAIN" target="_blank">Twitter</a><br />
<a href="http://www.facebook.com/SHIFTBRAIN" target="_blank">facebook</a>
</p>


<h2 xml:lang="en" lang="en"><em xml:lang="en" lang="en">最近の実績</em></h2> 
<ul xml:lang="en" lang="en">
<li><a href="http://www.moreworks.jp/company/shiftbrain/showcase/" target="_blank">MOREWORKS 株式会社シフトブレイン - 制作事例</a></li>
</ul>
]]>
    </content>
</entry>

<entry>
    <title>27 岡本豊</title>
    <link rel="alternate" type="text/html" href="http://idnagano.net/interview/2010/11/27.php" />
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    <published>2010-11-04T05:32:05Z</published>
    <updated>2010-11-04T13:28:38Z</updated>
    
    <summary></summary>
    <author>
        <name>id=Nagano事務局</name>
        
    </author>
    
        <category term="Programmer" />
    
    <content type="html" xml:lang="ja" xml:base="http://idnagano.net/interview/">
        <![CDATA[<h5><img src="/interview/img/i_27okamoto3.jpg" class="interviewph" alt="岡本豊" /></h5>
<div class="profile">
<p xml:lang="en" lang="en">博多と長野を行き来しながら、自らを"現代の「からくり」を提供するプログラマー"と名乗り活躍している岡本豊氏。NSEGの活動のほか、ボランティアやNPO法人にもかかわりの多い岡本氏にお話を伺いました。</p>
<p xml:lang="en" lang="en">インタビュアー／坂田大輔　写真／ハラヒロシ　編集／志村純子<br />
<span  style="font-size:11px;">協力／<a href="http://www.d-department.com/" target="_blank"><font color="#333333">D&amp;DEPARTMENT PROJECT NAGANO by COTO</font></a></span></p></div> 


<p xml:lang="en" lang="en"><em>─面白い経歴をお持ちだとお聞きしています。ぜひ教えてください。</em></p>
<p xml:lang="en" lang="en" class="interviewcomment">シンガポールで生まれて、東京、香港と、各2年ずつ過ごしました。父がゼネコンで働いていたため、海外での仕事も多かったので。<br />
私が6歳のとき、父が脱サラして、須坂で建築事務所を始めました。</p>

<p xml:lang="en" lang="en"><em>─ご両親は須坂のご出身ですか？</em></p>
<p xml:lang="en" lang="en" class="interviewcomment">父は広島、母は群馬です。須坂には古くからの友人がいたようで、その関係で第一号の仕事が長野だったんです。</p>

<p xml:lang="en" lang="en"><em>─幼いころの海外経験は、今に役だっていますか？</em></p>
<p xml:lang="en" lang="en" class="interviewcomment">けっこう野生児で（笑）、勘が良かったんです。英語の幼稚園だったので先生はもちろん英語で話しますが、先生がこう言っているのではないかと察知して、日本人の友だちに「どうやら次はお菓子の時間らしいよ」とか、通訳まがいのことをしていたようなんです。環境が頻繁に変わるので、ちょっとした変化を察知する能力があったのだと思います。<br />
知らない人とも仲良くなれる人懐っこいところもあったので、今の仕事に役だっていると思います。</p>

<p xml:lang="en" lang="en"><em>─就職まではどのような経緯ですか？</em></p>
<p xml:lang="en" lang="en" class="interviewcomment">高専の電子制御工学科に入学して機械・電気・情報を学び、卒業してシステム構築会社に就職しました。情報は専攻ではありませんでしたが。<br />
普通の高校は3年しかないのですぐに就職や進学の準備が始まりますが、高専は5年間と長いので趣味を深めることができます。私は専攻科に進んだのでさらに2年の時間がありました。普通の高校に通うよりも、自由な時間がたくさんありましたね。</p>

<p xml:lang="en" lang="en"><em>─岡本さんは"自由な時間"を何に費やしたんですか？</em></p>
<p xml:lang="en" lang="en" class="interviewcomment">私の場合はボランティアでした。2年生のときに『いじめから友だちを守る会』というボランティアを立ち上げて、中高生を中心に、いじめをなくすための活動をしようというものです。<br />
当時、マスコミでもいじめ問題は騒がれていたので、メディアに取り上げていただいて、全国に会員が産まれました。名簿や写真の共有などを取りまとめるためにインターネットを使わざるを得なくて、データベースを作りました。データベースを作るための入口の部分は授業で学んでいたので、さらに必要な部分を勉強して実行していました。<br />
これがきっかけでプログラマーの道を志すことになりました。ボランティアのような団体でもシステムは必要だと思ったのです。でも、お金にならないからあまりない。じゃぁ私がなればいいんじゃないか、と。</p>

<p xml:lang="en" lang="en"><em>─『いじめから友だちを守る会』を始めるきっかけは？</em></p>
<p xml:lang="en" lang="en" class="interviewcomment">小学校の時の親友が、中学1年生の時に自殺したんです。私が外国から田舎の小学校に転入してきたわけですが、クラスメイトにとっては初めての転入生で、すごい壁ができてしまった。そのときに受け入れてくれたのがその親友で、すごく優しい奴で、6年間仲良かったんです。<br />
中学に入ってクラスや部活が別になって少し距離ができていたんですが、三学期の始業式に学校に行ったら彼が来ておらず、校長先生から話を聞きました。<br />
あとからいじめだということがわかってきました。最初は「何で親友だと思ってたのに何も言わないんだ！」と、私は彼のことを責めたんですが、いろいろ考えてみると、彼は私にメッセージを送っていたことを思い出してきたんです。「最近眠れない」と言っていたり、最後に話した二学期の終業式の時は「自殺はどんな方法がいいと思う？」と。冗談だと思って一緒に考えて帰ったんです。<br />
私みたいに気づかないで、友だちを失ってから後悔する人や、親友のように誰にも相談できないままでいる人をなくしたい。そういう思いから始めました。<br />
大人がいくらがんばっても子どもは隠すから、子どもの中に意識がないとなくなりようがない。同世代がやっている、旗が揚がっていることだけでも意味があると思いました。</p>

<p xml:lang="en" lang="en"><em>─そういう思いがプログラムへの義務感を強めたんでしょうか？</em></p>
<p xml:lang="en" lang="en" class="interviewcomment">反面、パソコンとかプログラムとか、そういうのが好きだった、というのもあります。6歳の時には、すでに父親が買ったパソコンを触らせてもらっていましたから。</p>

<p xml:lang="en" lang="en"><em>─ボランティア以外にはどんなことをしていましたか？</em></p>
<p xml:lang="en" lang="en" class="interviewcomment">部活は吹奏楽部でした。趣味の大道芸は高専3年生の時に、友人から教わりました。今年は長野で2回やりました。高専の文化祭には、親に連れられて子ども達が来ていますが、つまらなそうなんです。彼らに「今日来てよかった」と思ってもらえる何かをできたらいいなと思って始めたのがきっかけです。<br />
もうひとつ、これもいじめ関係ですが、高専4年のときに人権教師を始めました。最初は弟の小学校のクラスに「いじめはダメだよ」という話をしに行きました。<br />
いじめが起きてからでは遅い。小さいうちにいじめはダメだと植え付けなくてはいけないと思って始めました。数年後に県の教育委員会で人権教師派遣事業が始まって、今では県内の小・中・高をまわっています。</p>

<p xml:lang="en" lang="en"><em>─活動を通しての苦労はありますか？</em></p>
<p xml:lang="en" lang="en" class="interviewcomment">人が3人以上集まるといじめの縮図というか、摩擦は起きてしまいます。活動でもそういうことはありました。『いじめから友だちを守る会』も私を含めて3人が最初に核になって始めましたが、3年目のときに、もう2人の発起人が「岡本には私たちの気持ちがわからない、やってられない」と飛び出していきました。<br />
あれは...しんどかったですね。自分を全否定されたような気持ちになりました。病気じゃないのに1か月で6キロも体重が落ちました。</p>

<p xml:lang="en" lang="en"><em>─すべての経験は、今の岡本さんに生かされているんでしょうね。<br />
お仕事のほうに話を戻しますが、システム構築会社ではどのようなことをしていましたか？</em></p>
<p xml:lang="en" lang="en" class="interviewcomment">22歳で入社し、3年間は地図のアプリケーションを作る仕事をしていました。ブラウザ上で操作できるイントラ内のウェブアプリです。会社では人を動かす難しさを学びましたね。2年目にプロジェクトのプログラムリーダーを任されて、3～4人をまとめるという経験をしました。適材適所を考えて四苦八苦したのは良い経験です。<br />
システム構築会社には4年間務めましたが、実は、入社前から独立を考えていました。ですからid=Naganoの勉強会にも参加したことがあります。<br />
私はボランティアやNPO向けのプログラムにかかわりたいのですが、これらは安価に作らなければいけないため、大きい組織だとどうしても難しい。大きい会社に入ってやり方を学び、独立するつもりでした。自分が大きな組織の中でやっていける性格じゃないということもわかっていたので。</p>

<p xml:lang="en" lang="en"><em>─独立する...機はどのように熟したのでしょうか？</em></p>
<p xml:lang="en" lang="en" class="interviewcomment">悩みました。本当に食べていけるのかどうか...一番悩むところですね。<br />
ただ、3年のプロジェクトをやっていたので、このタイミングを逃したらまた3年はいなきゃいけないと思ったんです。それじゃ遅いなと。3年後の自分では難しいと思ったんです。</p>

<p xml:lang="en" lang="en"><em>─フリーとしての仕事はどうやって得てきたのでしょうか？</em></p>
<p xml:lang="en" lang="en" class="interviewcomment">知人から紹介された美専の講師の仕事が最初でした。ちょうど独立するのでやります！と。あとはさまざまなイベントに参加して名刺を配りました。つい最近になって、長野での仕事も少しずつ来はじめています。ボランティアやNPOの仕事がしたいので、センターに足しげく通って覚えてもらったりもしました。</p>

<p xml:lang="en" lang="en"><em>─『NSEG』の活動も盛んですよね。</em></p>
<p xml:lang="en" lang="en" class="interviewcomment">まだ会社勤めしていた3月に立ち上げました。以前からの悲願だったので、引っ越してしまう前に立ち上げたいと思って。高専の2歳年上の大日向さんも転勤で長野から離れることが決まっていたので、その前にと。声をかけたら思った以上にたくさんの方が集まってくれて、現在まで続いています。<br />
毎月勉強会を開催していますが、平均で20名が参加します。最初に告知したときは知人が多かったのですが、新しい参会者も増えていますね。まだ広がっていくと思います。</p>

<p xml:lang="en" lang="en"><em>─近々、開催の予定があるそうですが。</em></p>
<p xml:lang="en" lang="en" class="interviewcomment">今回はちょっと新しい動きなんです。NSEGは運営委員はおらず持ち回りで活動しているんですが、今回は久々に私が主催します。第9回のNSEG勉強会『あなたの面倒くさいをお持ちください』を11月13日（土）15時からbonnecuraで開催します。<br />
あるプログラマーが、もんぜんぷら座の予約をとるとき、予約状況のページが見にくくて面倒くさいと。カッとなって、表をわかりやすく整理するプログラムを2時間かけて作ったんです。そんなに難しいことじゃないけれど、喜ぶ人はたくさんいますよね。<br />
プログラマーの美徳のひとつが、面倒くさがり屋であることなんです。良いプログラマーというのは、1時間の面倒くさいを解決するためにに10時間かけることは面倒くさがらないんです。1回作ってしまえば、10人以上が利用するかもしれないし、自分でも10回以上利用するかもしれない。トータルで考えれば本当に楽になっているんですよね。<br />
今回の勉強会では、自分たちの面倒くさいだけじゃなく、より多くの人に面倒くさいを持ってきていただいて、それいいね！となった人たちをつなげてプロジェクトチームをいくつか作って何かやろう、という会なんです。今までは自分たちを高め合うだけだったので、もっと外に開いて、地域貢献したり、ITの便利さを伝えたい。NSEGの参加者みんなの共通認識です。プレアンケートも行っているのでぜひ参加してください。
</p>

<p xml:lang="en" lang="en"><em>─現在は博多に拠点を移しているわけですが、なぜ長野でNSEGを立ち上げたのですか？</em></p>
<p xml:lang="en" lang="en" class="interviewcomment">博多ではすでにこういった活動は盛んなんです。長野ではなかったので呼びかけました。いずれは博多でも何か立ち上げてみたいです。NSEGがきっかけになって、長野でもいろいろな勉強会が始まってほしいという気持ちがあります。</p>

<p xml:lang="en" lang="en"><em>─Twitterを積極的に活用されていますよね。</em></p>
<p xml:lang="en" lang="en" class="interviewcomment">博多と長野の移動もそうですが、外で仕事していることも多いので、Twitterでどこにいるのかを伝えています。クリエイティブな仕事は、同じ場所で、ブロイラーのような場所に押し込められてできるものでもないと思っています。<br />
Twitterはムラもありますが、特にイベントでは活用しますね。「TLをドクロ（岡本さんのTwitterアイコン）にジャックされた」とクレームがくるくらい"Tsudaる"こともあります（笑）。<br />
博多に引っ越した夜、Twitterで毎日日替わり定食情報を流しているお店を前から知っていたので「今日長野から引っ越してきました。今から食べに行きます」とつぶやいてから向かいました。そうしたら、店長さんが食べている間に声をかけてくれたんです。「今夜商店主向けのUSTREAM講座があるから一緒にいかないか」と誘ってくださって、行きました。そこは福岡のITの人たちの中心になっているところだったんです。そこで知り合った方に、翌日あるIT系の飲み会に誘われて。縁もゆかりもない土地で、2日間で50枚くらい名刺を配ることができました。Twitterがきっかけになったのが面白いし嬉しいです。
</p>

<p xml:lang="en" lang="en"><em>─飲んでいる場所をつぶやいたり、すごくオープンに使っていらっしゃるな、と。</em></p>
<p xml:lang="en" lang="en" class="interviewcomment">何回かつぶやいていたら、フラッと立ち寄ってくれる方がいたんです。それがすごく面白いなと思って。メンバーも固定しないし、無理に来るわけでもない。そういうところが性格に合ったんですよね。さみしがり屋だけど群れたくないという矛盾した感じに（笑）。<br />
自分の中にネットが匿名だという意識がないんです。インターネットはバーチャルな世界ではなく、人と人とをつなぐ窓なんじゃないかなと。その上で知り合った人には会いたい派ですね。</p>

<p xml:lang="en" lang="en"><em>─これからやりたいプログラムはありますか？</em></p>
<p xml:lang="en" lang="en" class="interviewcomment">ひとつはボランティアセンターの相談管理システムです。長野市はオリンピックがあったので整っているのですが、全国にはないんです。長野市のシステムには1千万かかっているんですが、今ならクラウドを使うことで単価を抑えて構築することができる。たくさんの人に使っていただけると思っています。<br />
ふたつめは学校現場です。学校の先生に楽になってほしい。ほかの学校の先生が作った資料をテンプレートとして共有できれば労力の削減になる。そこにつなげる仕組みを作りたいです。事務処理を減らして生徒と向きあう時間がもっと増えたら嬉しいです。</p>

<p xml:lang="en" lang="en"><em>─社会的貢献の視点が強いですね。</em></p>
<p xml:lang="en" lang="en" class="interviewcomment">もちろんお金は欲しいんですけど。ビジョンがあって進めるときは、お金もついてくると思っています。<br />
最近、自分の中で職人思考がだんだん小さくなっていって、ITの恩恵に預かっていない人たちに伝えたい、橋渡しをするメッセンジャーでありたいという視点が強くなっています。自分で作るよりも開発者を探すことが多くなってきました。</p>

<p xml:lang="en" lang="en"><em>─後ほどお勧めアプリを紹介していただきますが、こういったものの情報収集はどのようにしていますか？</em></p>
<p xml:lang="en" lang="en" class="interviewcomment">本やサイトをみることが多いですね。アプリは時間のあるときに『AppBank』を眺めています。アプリは、有料でも無料でも構わず、まず飛び込んでみます。コミュニティーもいろいろ飛び込みますね。<br />
例えば『AppBank』も、業界の人は当たり前に知っているもので、ここに掲載されるとものすごい集客数を生むので目標としている人が多いです。こっちのコミュニティーでは当たり前だけど、こっちでは当たり前じゃない。いろいろなところに顔を出していると、それを伝えられる。業界だけじゃなく、年代だけじゃなく飛び込むことで、伝える人になれるんです。</p>

<p xml:lang="en" lang="en"><em>─今後についてはどのように考えていますか？</em></p>
<p xml:lang="en" lang="en" class="interviewcomment">ひとりでできることは限られていますが、会社は嫌なんです。辞めた自分が会社を作っては意味がない。フリーランスのような仲間を増やして広げたいですね。</p>


<p xml:lang="en" lang="en"><em>─ありがとうございました。</em></p>

<br />
<br />

<p xml:lang="en" lang="en"><em>◆岡本さんのお勧めアプリ◆</em></p>

<p xml:lang="en" lang="en" class="interviewcomment">
<strong><a href="http://itunes.apple.com/jp/app/audionote-notepad-voice-recorder/id369820957?mt=8">AudioNote</a></strong><br />
録音しながらメモをするアプリです。全部メモしておかず、要点のみでOK。メモにはタイムラインが自動的に表示されるため、聞きたいところを容易に探すことができます。<br />
<br />

<strong><a href="http://www.evernote.com/about/intl/jp/">Evernote</a></strong><br />
自分のツイートログやブログ記事を送っています。また、名刺をスキャンしてOCRにかけて登録しておくと検索できる。どんなものでも、全部ここに入れておけば、必要な時にここを見ればよいという環境ができます。<br /><br />

<strong><a href="http://itunes.apple.com/jp/app/goodreader-for-ipad/id363448914?mt=8">Goodreader</a></strong><br />
主にPDF管理に使っています。Good Reader をハブにして、他のアプリからファイルを開けるのが便利。すべての資料を入れてあるので、iPadを持っていればどこでもプレゼン可能です。<br /><br />

<strong><a href="http://itunes.apple.com/jp/app/pdf-presenter-for-ipad/id376809625?mt=8">PDF Presenter for iPad</a></strong><br />
PDFでプレゼンするアプリですが、プロジェクタにはメインスライドだけ表示され、手元には前後のスライドが表示されます。話をしながら良いタイミングで切り替えられるのでプレゼンしやすいです。<br /><br />

<strong><a href="http://itunes.apple.com/jp/app/flipboard/id358801284?mt=8">Flipboard</a></strong><br />
自分のTwitterやFacebook情報が雑誌のようなイイカンジで見れるアプリです。月刊より週刊より日刊より早く「今を見れる」。これが今後の電子書籍の形じゃないかと言う人もいます。
</p>]]>
        <![CDATA[<h2 xml:lang="en" lang="en"><em xml:lang="en" lang="en">Profile</em></h2>
<p xml:lang="en" lang="en">岡本豊[Yutaka Okamoto]<br />
プログラマー
</p>
<p xml:lang="en" lang="en">1983年シンガポール産まれ。父の脱サラと同時に長野県須坂市に住む。中学のとき、いじめが原因で親友が亡くなり、以降いじめ問題に取り組む。<br />

2006年にシステム開発会社へ就職。2年目から3年間のプロジェクトで、プログラマのリーダを任され、経験を積む。2010年に退職、独立。「からくりもの」という屋号で長野・東京・福岡を行き来しながら活動を続ける。得意なプログラムは、PHP, Ajax, VB.NET, iPad, iPhone アプリケーションなど。最近は自分で開発するよりも仲間を集めて依頼することが増えてきた。<br />

今まで作成したアプリケーションは <a href="http://itunes.apple.com/jp/app/habanadrive/id390338567?mt=8">HABANA DRIVE</a> など。</p>


<h2 xml:lang="en" lang="en"><em xml:lang="en" lang="en">Link</em></h2>
<ul xml:lang="en" lang="en">
<li><a href="http://karakurimono.biz/" target="_blank">からくりもの</a></li>
</ul>

<h2 xml:lang="en" lang="en"><em xml:lang="en" lang="en">NSEG 第9回勉強会</em></h2> 
<p xml:lang="en" lang="en"> 
 
<strong>日時</strong><br /> 
2010年11月13日（土）15:00～18:00<br /> 
 
<strong>場所</strong><br /> 
「Kanematsu」<br /> 
 
<strong>参加費</strong><br /> 
500円<br /> 

<br /> 
詳細は<a href="http://nseg.jp/?第9回勉強会">NSEG 第9回勉強会</a>へ。<br /> 
<br /> 
</p> ]]>
    </content>
</entry>

<entry>
    <title>26 松井美幸</title>
    <link rel="alternate" type="text/html" href="http://idnagano.net/interview/2010/06/26.php" />
    <link rel="service.edit" type="application/atom+xml" href="http://idnagano.net/cgi-bin/mt/mt-atom.cgi/weblog/blog_id=2/entry_id=428" title="26 松井美幸" />
    <id>tag:idnagano.net,2010:/interview//2.428</id>
    
    <published>2010-06-09T03:39:26Z</published>
    <updated>2010-06-09T04:05:35Z</updated>
    
    <summary></summary>
    <author>
        <name>id=Nagano事務局</name>
        
    </author>
    
        <category term="Announcer" />
    
    <content type="html" xml:lang="ja" xml:base="http://idnagano.net/interview/">
        <![CDATA[<h5><img src="/interview/img/i_26matsui3.jpg" class="interviewph" alt="松井美幸" /></h5>
<div class="profile">
<p xml:lang="en" lang="en">テレビ信州の夕方生放送番組『<a href="http://www.tsb.co.jp/get/" target="_blank">情報ワイド ゆうがたGet!</a>』にて月曜から木曜の放送を担当している松井美幸さん。日々番組を通して笑顔と元気を届けてくれる松井さんに、アナウンサーという職業、テレビを通して情報を伝えるということ、番組とどう向き合うかなどについてお話を伺いました。</p>
<p xml:lang="en" lang="en">インタビュアー／坂田大輔　写真／ハラヒロシ　編集／志村純子</p><p><span  style="font-size:11px;">スタジオ写真提供／テレビ信州</font></a></span></p></div> 


<p xml:lang="en" lang="en"><em>─松井さんは現在アナウンサーとして活躍されていますが、アナウンサーになろうと決めたきっかけは何ですか？</em></p>
<p xml:lang="en" lang="en" class="interviewcomment">「声がいいね」といわれたことが一番のきっかけです。高校のとき放送部に所属して、運よく全国大会に行くチャンスももらいました。ただそのときは、アナウンサーになりたいというよりも、声を使う部活もいいかなという、軽い気持ちでした。大学に入ってイベント司会のアルバイトをしていたのですが、そのときに「声がいいね」と。大学3年生になる直前に進路をどうしようと考えたとき、自分の長所やほめられる点て何だろう？と考えて、この言葉がよみがえりました。その流れでアナウンサーを目指してみようかなと思いました。</p>

<p xml:lang="en" lang="en"><em>─子どものころから、人前で話したりするのは好きだったのですか？　どんな子どもでした？</em></p>
<p xml:lang="en" lang="en" class="interviewcomment">得意ではなかったです。人前で話すのが好きというよりは、目立ちたがり屋でしたね。中学校では生徒会副会長をやってみたり、高校では放送部で校内放送をやってみたりとか。<br />
田舎で、のびのびとした環境で育ったので、家でおとなしく遊ぶというよりは、外で男の子と遊んでいるような子どもでした。</p>

<p xml:lang="en" lang="en"><em>─アナウンサーは狭き門というイメージですが、やはり就職活動は大変だったのですか？</em></p>
<p xml:lang="en" lang="en" class="interviewcomment">そうですね。キー局は何千人と応募がありますので、写真写りも気にしましたね（笑）。<br />
アナウンサーを目指す人は、たいがい東京の大学に行くんですよ。私は、大学を選ぶときはアナウンサーを目指していなかったので、やりたい勉強があった広島の大学の国際学部に入りました。<br />
地方大学からアナウンサーを目指すのはかなり大変でしたね。今ほどインターネットで情報を共有できるわけではなかったので、自分で手探りで集めるしかありませんでした。仲間もいなかったですし。<br />
私は20局ほどの面接を受けました。広島から全国各地のテレビ局へ行ったので、体力的にも経済的にも大変でした。</p>

<p xml:lang="en" lang="en"><em>─アナウンサーの入社試験も、一般的な企業の試験と同じですか？</em></p>
<p xml:lang="en" lang="en" class="interviewcomment">まったく違いますね。ニュースやナレーションの原稿読み、フリートークの試験があります。フリートークのテーマは各社さまざま。「ハンガーと歯磨き粉のついた歯ブラシを関連付けてトークしてください」なんてものもありました。そんな無茶な！と思いますよね。何を話したのかはっきり覚えていませんが、頭が真っ白になったことだけは鮮明に覚えています。もうひとつ印象的だった試験としては、「前後左右、四方向にお辞儀をしてください」というものがありました。<br />
ちなみに、テレビ信州の試験はニュースの原稿読みに、写真のパネルを使ったフリートークが課題でした。</p>

<p xml:lang="en" lang="en"><em>─入社してから番組に出るまではどのくらい時間がかかりますか？　また、どんな訓練をするのでしょう？</em></p>
<p xml:lang="en" lang="en" class="interviewcomment">私は3月には長野に引っ越してきて研修に入りました。研修は1か月程度ですね。5月前にはニュースを読んだり、小さい枠の番組に出演しました。そこから徐々に、ですね。<br />
私の場合は、なまりを直すことを一番最初にいわれました。福井県はとってもなまりが強いんですよ。広島に4年間住んでいる間にも広島弁をたっぷり吸収してしまったので、自分が標準語だと思って話していたことも「それ違う！」って（笑）。今でもまだなまってるって指摘されることもあるのですけれど。<br />
情報を発信する側として、視聴者が混乱しないか、誤った情報を手にしないかという、メディア・リテラシーを学びました。</p>

<p xml:lang="en" lang="en"><em>─アナウンサーにはどんな資質が必要ですか？</em></p>
<p xml:lang="en" lang="en" class="interviewcomment">人の話を聞くのが好き、人と会うのが好き、人に興味があること、ですかね。しゃべりがうまいかどうかは訓練次第ですから。<br />
地域の方々をはじめ、政治の世界で活躍されている方、芸術の世界で活躍されている方。アナウンサーはいろいろなジャンルの方とお会いする機会が多いです。つながりができることが取材の楽しさ。そういうことを楽しめることが大切かなと思います。</p>

<p xml:lang="en" lang="en"><em>─松井さんといえば『ゆうがたGet!』ですが、どんな番組か教えてください。</em></p>
<p xml:lang="en" lang="en" class="interviewcomment">夕方の生放送番組です。ジャンルでいうと情報番組にあたります。時間帯的に主婦やご年配の方が多いですが、主にその方たちに向けて"今"をわかりやすくお伝えする番組で、『見て、聞いて、参加して』が番組コンセプトです。月曜から木曜までを伊東陽司アナと担当しています。</p>

<p xml:lang="en" lang="en"><em>―『ゆうがたGet!』を担当していることに対して、何を感じていますか？</em></p>
<p xml:lang="en" lang="en" class="interviewcomment">『ゆうがたGet!』は楽しいです！...と同時に、1999年から11年以上続いている番組を担当しているというプレッシャーも大きいです。<br />
視聴者のテレビ局に対するイメージは自社制作番組の影響が大きくて、『ゆうがたGet!』を見て「テレビ信州ってこんな会社なんだな」と認識される方も多いのではないかと思っています。</p>

<p><img src="/interview/img/i_26matsui4.jpg" class="interviewph" alt="松井美幸" /></p>

<p xml:lang="en" lang="en"><em>─『ゆうがたGet!』を担当することの楽しさは、どのようなことから感じますか？</em></p>
<p xml:lang="en" lang="en" class="interviewcomment">毎日、臨場感のある番組を多くのスタッフと一緒に作り出す、生みの楽しみがあります。また、いろいろな顔を持てるところが楽しいです。真っ赤なカニのかぶり物をしたり、ピンクのつなぎを着て畑作業したり、ウエディングドレスを着て花嫁の気分を味わったり、ロッククライミングしてみたり、流行のギャグをまねしてみたり。幅はかなり広いですね。<br />
あとは、人の想いを電波にのせることができる、ということです。</p>

<p xml:lang="en" lang="en"><em>─人の想いを電波にのせる、とは？</em></p>
<p xml:lang="en" lang="en" class="interviewcomment">以前、母の日にむけての取材で、カーネーション農家のお父さんが長年連れ添った奥様に感謝の気持ちを伝えるために、生まれて初めて内緒で選んで洋服をプレゼントをしてあげるというものがありました。奥様だけじゃなく贈ったお父さんも涙して、互いの存在や愛を確かめ合った。見えない想いを形にして、それを誰かに届けることができる。それができたときは、嬉しくなりますね。</p>

<p xml:lang="en" lang="en"><em>─忙しいイメージがあるのですが、自由になる時間はあるのですか？</em></p>
<p xml:lang="en" lang="en" class="interviewcomment">今は、月曜から木曜まで夕方の生放送番組を担当しているので、比較的規則正しいスケジュールですね。放送のある日はほとんど打ち合わせです。午前中からその日の放送の準備やディレクターを含めた流れの打ち合わせをし、お昼休みをとってからメイクなどの準備に入ります。再びスタッフ全員で打ち合わせを行い、15時からリハーサル、16時半に本番を迎えます。<br />
東京のテレビ局のようにたくさんスタッフがいるわけではないのでしっかりとした台本があるわけではなくて、5、6枚の進行表がある程度なのです。オープニングがあって、ここでVTRを流して、ここにトークをはさんで...という流れのみで、何をしゃべるか、どんな流れにするかは伊東と私で考えます。基本はフリートークですね。<br />
終了後にはその日の反省会を行います。ほぼ1日『ゆうがたGet!』に携わっています。<br />
月曜から木曜まではスタジオでの番組進行を担当していて、金曜日は取材に出ることもあります。取材では視聴者の方の声を直接聞くことができたり、さまざまな体験をしたりと、スタジオとはまた違う緊張感があります。</p>

<p xml:lang="en" lang="en"><em>─アナウンサーも番組づくりに参加しているのですか？</em></p>
<p xml:lang="en" lang="en" class="interviewcomment">取材では「こういう展開をさせたい」といった、自分の考えも伝えます。昨年までは自分のコーナーで農業をしていたので、どうやって農業を楽しく見せるか、同じことの繰り返しにならないか、ディレクターと意見を出し合いながら収録し、編集のときも話し合いをしていました。取材は、構成がすべて決まっているわけではないので、現場で意見交換をしながら、一緒に番組を作っています。<br />
企画面では、企画そのものを提案するというよりは、ネタを提出するという感じです。企画が決まったらそこで終わりではなく、取材中こそ、あれこれ考えますね。かなり頭を悩ませたにも関わらず、編集が終わって放送するときには、悩んだところや体を張ってやったギャグがあっさりカットされていたりするんですけどね...。</p>

<p><img src="/interview/img/i_26matsui6.jpg" class="interviewph" alt="松井美幸" /></p>

<p xml:lang="en" lang="en"><em>─自分の出た番組はチェックしますか？</em></p>
<p xml:lang="en" lang="en" class="interviewcomment">チェックしますね。ここが良くなかったなというのは本番中にわかっていますが、、何がどうダメだったか、きちんと視聴者に伝わっているかどうかというのは確認しないと一方的になってしまうので。そこは大事ですね。<br />
会社で毎日行っている反省会は、流れやVTRのデキも含めてどうだったか、口頭での確認なので、自宅でひとりで見ます。見るのは怖いんですけどね。ここで失敗するということをわかっていて見なければいけないですよね。それをあえて見るというのは、傷口に塩を塗られるかのようです（笑）。</p>

<p xml:lang="en" lang="en"><em>─アナウンサーとして大切にしていることは何ですか？</em></p>
<p xml:lang="en" lang="en" class="interviewcomment">私たちの仕事は視聴者ありきのお仕事ですので、いかに見ていただき、楽しんでいただくかを大切にしています。テレビをつけて「面白いな」って思ってもらうことはもちろんですが、さらに「こういうことは知らなかったな、役に立ったな」「見てよかったな」「勉強になったな」という気持ちがプラスされれば一番ですよね。見てくださる人が楽しんでくれて、元気になってもらえることが一番うれしいです。<br />
一緒に『ゆうがたGet!』を担当している伊東は、番組スタートのときから12年目になります。やり続けていても初心を忘れないというか、いかにして番組を楽しんでいただくか、有益な情報を自分たちが届けられるかということを常に考えている。視聴者を思う姿勢を持ち続けているところはすごいと思います。</p>

<p xml:lang="en" lang="en"><em>─テレビは一方的に伝えるイメージが強いのですが、視聴者にどう届いているかを感じることはできるのですか？</em></p>
<p xml:lang="en" lang="en" class="interviewcomment">視聴者の声は、取材のときや番組のコーナーの応募はがきやお手紙、お電話で届きます。発信することの方が多いですが、そういった部分で、見てくださる方々とのやり取りができていますね。お褒めの言葉いただくこともあれば、お叱りやご指導をいただくこともあります。<br />
最近、『ゆうがたGet!』を見てくれている小学6年生の男の子から丁寧な手紙をいただきました。『番組に癒やされます』と。現代は小学生も癒やしを求めているのかなぁなんて、勝手に思ってしまいましたが、癒やされていると思ってもらえるのは嬉しいことです。<br />
農業をしていたときは、農業初心者の私に『自分の家ではこうやって野菜を育てている』といったアドバイスを寄せて下さる方もいました。視聴者のみなさんは、こちらの発信している情報をしっかりキャッチしてくれているのだなと嬉しく感じます。</p>

<p xml:lang="en" lang="en"><em>─情報を伝える際に心がけていることはありますか？</em></p>
<p xml:lang="en" lang="en" class="interviewcomment">クスッという面白さや、自分の感性、共感をプラスするように心がけています。情報源となっている人の気持ちを代弁し、自分の気持ちも添える。見てくださる方の「あ～、わかる、わかる」というのを目指しています。</p>

<p xml:lang="en" lang="en"><em>─女子アナがタレント化しつつあると思うのですが、見られることについてはどう感じていますか？　プライバシーは保てますか？</em></p>
<p xml:lang="en" lang="en" class="interviewcomment">人間性も大切だと思いますが、アナウンサーはタレントさんではないので、今ある情報を伝えることが役目だと思っています。"自分"を見てもらうのではなく、自分というフィルターを通していかに情報を手にしてもらうか、です。<br />
有名タレントさんのように、帽子にサングラスにマスクに...といった変装をして外出するなんてことは全然ないですよ。普通に歩いてます。たまに声をかけていただくこともありますが、本当にたまにですよ。</p>

<p xml:lang="en" lang="en"><em>─体調管理が大切なお仕事だと思います。どんなことをしていますか？</em></p>
<p xml:lang="en" lang="en" class="interviewcomment">一年中、うがい・手洗いは欠かさないとか、マスクを使用するとか、乾燥に気をつけるとか。ごくごく一般的なことですね。<br />
『ゆうがたGet!』を担当して3年目になりますが、お休みしたのは一度だけです。日曜の夜に突然ぎっくり腰になってしまって（笑）。</p>

<p xml:lang="en" lang="en"><em>─アナウンサーさんはいつも明るく元気で、落ち着いていらっしゃるように見えます。ぜひテンションの保ち方や緊張対策を教えていただきたいです。</em></p>
<p xml:lang="en" lang="en" class="interviewcomment">テンションは、本番前にスイッチを入れる感じです。「えいっ！」と（笑）。<br />
緊張対策は「あぁ緊張するー」という風に考えず、「自分も楽しもう、見ている人に楽しんでもらおう！」という気持ちを意識することです。それでも手が震えたり、頭が真っ白になってしまうこともありますよ。そういうときはとりあえず落ち着くようにして、「大丈夫、大丈夫」といい聞かせ、段取りなどを考えて"緊張している"ということを忘れるようにします。</p>

<p xml:lang="en" lang="en"><em>─取材で初対面の人と打ち解ける秘訣はありますか？</em></p>
<p xml:lang="en" lang="en" class="interviewcomment">相手によって、ですよね。最初からオープンな方もいらっしゃいますし。<br />
緊張している方には、焦らずに笑顔で「大丈夫ですよ」と。忍耐力は必要です。冗談のひとつでもいい合えるような雰囲気にいかにもっていくか、そこはもう駆け引きですよね。<br />
逆に、私が緊張してしまうこともありますよ。渡辺謙さんに映画のインタビューでお会いしたときは、もうダメでしたね（笑）。</p>

<p xml:lang="en" lang="en"><em>─系列局のアナウンサーとの交流はあるのでしょうか？</em></p>
<p xml:lang="en" lang="en" class="interviewcomment">共同企画や勉強会があります。福井放送に信州出身のアナウンサーがいて、私は福井出身の信州のアナウンサーで、お互いに状況が似ている上に同期なので仲良くしています。交流というとやっぱり同期が多いです。</p>

<p xml:lang="en" lang="en"><em>─ブログを書かれていますが、テレビ以外のメディアはどう考えますか？</em></p>
<p xml:lang="en" lang="en" class="interviewcomment">テレビだけではなく、ほかのメディアも大切だと思っています。<br />
ブログは、アナウンサーをより身近に感じてもらおうということで始めたのですが、情報の選択が難しいです。いろいろ考えてしまうと、なかなか更新できなくて...。<br />
一般には「テレビを見たよ」って言葉が多いのですが、知人からは「ブログ見たよ」といわれますね。</p>

<p xml:lang="en" lang="en"><em>─プライベートはどんなふうに過ごしていますか？</em></p>
<p xml:lang="en" lang="en" class="interviewcomment">休みの日にやっていることといえば、写真を撮りに行ったり、自転車（ロードバイク）で走ったり、温泉にいったり。長野県は広いので見るところがいっぱいです。自分でも知っておきたいので、プライベートでも各地を旅して、いろいろな地域を見ておこうと思っています。<br />
お料理も好きです。毎日番組の中で料理コーナーも担当させていただいているので、すごく恵まれていますよね。毎日お料理教室に参加しているようなものですから。自宅で作ってみると先生とは違う代物だったりしますけど（笑）。でも、おかげさまで家事検定は最高位の三ツ星を取得しました。</p>

<p xml:lang="en" lang="en"><em>─家事検定？　どんな内容なのでしょうか？</em></p>
<p xml:lang="en" lang="en" class="interviewcomment">料理や掃除、洗濯、マナーなどについての問題です。番組がきっかけで挑戦することになって、それから2か月弱、時間があれば問題集を開いて頭に叩き込みました。<br />
『袱紗の色は慶事と弔事でどう違うか」という問題もありましたが、袱紗自体使ったこともなく...問題を読んで「？？？」となることもしばしば。でもすべての問題には快適な生活にするためのヒントが詰まっているので、勉強そのものは苦ではありませんでした。特に料理に関しては番組の料理コーナーにも生きてますし、家事は毎日のことなので役に立たないものはありませんよ。
</p>

<p xml:lang="en" lang="en"><em>─福井のご出身ということですが、長野県はどうですか？</em></p>
<p xml:lang="en" lang="en" class="interviewcomment">好きですよ。正直なところ、実際に来るまでは、長野県についてはあまり意識を向けたことがありませんでした。寒いのは大変だけど、住むと楽しいです。遊びもいいし、食べ物がおいしい。野菜、果物。トウモロコシとか、びっくりするくらいおいしいですよ。県外から来ているからこそ、信州のおいしものが良くわかります。このおいしさを普通だと思ってちゃダメですよ！<br />
信州の人は、世間では内向的といわれることがありますよね。でも、ずっと内向的なのではなくて、心を開いたらすごく大切にしてくださいますし、家族ぐるみで大事にしてくださる方、取材が終わっても大事にしてくださる方が多いです。知り合いがいない状態で引っ越してきた土地ですが、信州のお父さん・お母さんといえるような存在に出会えたことは大きな財産ですし、取材が終わっても会いたいと思う人が多いですね。</p>

<p xml:lang="en" lang="en"><em>─今後についてはどんなことを考えていますか？</em></p>
<p xml:lang="en" lang="en" class="interviewcomment">まずは『ゆうがたGet!』の司会を極めたいです。『ゆうがたGet!』が大好きなので。<br />
今は一緒に担当している伊東に頼っている部分が大きいのですが、スタッフも含めてみんなから頼られる存在になりたいなと思います。</p>


<p xml:lang="en" lang="en"><em>─ありがとうございました。</em></p>


<p><img src="/interview/img/i_26matsui5.jpg" class="interviewph" alt="松井美幸" /></p>]]>
        <![CDATA[<h2 xml:lang="en" lang="en"><em xml:lang="en" lang="en">Profile</em></h2>
<p xml:lang="en" lang="en">松井美幸[Miyuki Matsui]<br />
アナウンサー
</p>
<p xml:lang="en" lang="en">7月6日福井県福井市生まれ。<br />
広島市立大学国際学部卒。<br />
テレビ信州に勤務し、2008年4月より『情報ワイド ゆうがたGet!（月～金 午後4時30分から午後5時50分まで放送）』に出演（月～木担当）。<br />
趣味は旅行・エアロビクスなど。<br />
2007年には『松本砂防大使』として国土交通省松本砂防事務所から任命を受ける。また『家事検定3つ星』の資格を持つ。
</p>


<h2 xml:lang="en" lang="en"><em xml:lang="en" lang="en">Link</em></h2>
<ul xml:lang="en" lang="en">
<li><a href="http://www.tsb.co.jp/" target="_blank">テレビ信州</a></li>
<li><a href="http://www.tsb.co.jp/get/" target="_blank">情報ワイド ゆうがたGet!</a></li>
<li><a href="http://www.tv-shinshu.com/column/miyuki.php" target="_blank">みゆにっき（ブログ）</a></li>
</ul>]]>
    </content>
</entry>

<entry>
    <title>25 トヨシマヒトシ</title>
    <link rel="alternate" type="text/html" href="http://idnagano.net/interview/2010/04/25.php" />
    <link rel="service.edit" type="application/atom+xml" href="http://idnagano.net/cgi-bin/mt/mt-atom.cgi/weblog/blog_id=2/entry_id=424" title="25 トヨシマヒトシ" />
    <id>tag:idnagano.net,2010:/interview//2.424</id>
    
    <published>2010-04-30T06:59:30Z</published>
    <updated>2010-04-30T07:02:35Z</updated>
    
    <summary></summary>
    <author>
        <name>id=Nagano事務局</name>
        
    </author>
    
        <category term="Creative Director" />
    
    <content type="html" xml:lang="ja" xml:base="http://idnagano.net/interview/">
        <![CDATA[<h5><img src="/interview/img/i_25toyoshima1.jpg" class="interviewph" alt="トヨシマヒトシ" /></h5>
<div class="profile">
<p xml:lang="en" lang="en">世界中で開催されているプレゼンイベント<a href="http://www.pecha-kucha.org/" target="_blank">『PechaKucha Night』</a>の長野版<a href="http://pecha-kucha-nagano.org/" target="_blank">『ぺちゃくちゃないと NAGANO』</a>を主催している長野クリエイターズネットワークのトヨシマヒトシ氏。12回目となる5月のイベントを前に、ぺちゃくちゃないとの魅力についてお話を伺いました。</p>
<p xml:lang="en" lang="en">インタビュアー・写真／ハラヒロシ、瀧内貫　編集／志村純子<br /> 
<span  style="font-size:11px;">協力／<a href="http://www.d-department.com/" target="_blank"><font color="#333333">D&amp;DEPARTMENT PROJECT NAGANO by COTO</font></a></span></p></div> 


<p xml:lang="en" lang="en"><em>─5月15日（土）に12回目の『ぺちゃくちゃないと NAGANO』が開催されるわけですが、まず『ぺちゃくちゃないと』について教えてください。 </em></p>
<p xml:lang="en" lang="en" class="interviewcomment">簡単にいうと、クリエイターのプレゼン大会です。一般的な講演会だと先生がステージの上に立っていて、観客は下に座って離れた位置でありがたくお話を拝聴するというイメージですよね。ぺちゃくちゃないとは全然そうではなくて、観客席にいる人がいきなり前に出てプレゼンして、終わったらまた観客席に戻ってビール片手に周りの人と話をする。プレゼンターとお客さまの立場が一緒なんです。プレゼンが終わった後に「さっきのプレゼンおもしろかったですね」とか、プレゼンターと気軽にコミュニケーションをとれるところが、ほかの講演会との大きな違いじゃないかと思います。<br />
一番特徴的なところは"20×20"（20枚のスライドを使って、1枚当たり20秒。合計400秒）でプレゼンするというフォーマットですね。これは東京の<a href="http://www.klein-dytham.com/" target="_blank">クライン・ダイサム・アーキテクツ</a>という建築事務所が考え出したフォーマットです。現在世界中約300箇所で、同じフォーマットでぺちゃくちゃないとが開催されています。あとは、非営利活動というところですね。営利目的での開催は禁止というきまりになっています。プレゼンターからお金をとってはいけないし、逆にお金を払ってもいけません。どんなに偉い人でも、どんなに有名な人でも同じです。スタッフも自腹でチケットを買って参加しています。出た利益は会場代や遠方からゲストを呼ぶ際の交通費などにあてています。 </p>

<p xml:lang="en" lang="en"><em>─トヨシマさんがぺちゃくちゃないとと出会ったきっかけを教えてください。</em></p>
<p xml:lang="en" lang="en" class="interviewcomment">出身は福岡県で、就職で長野にきまして、某メーカーで工業デザイナーを10年ほどしていました。その後にグラフィックデザインのチームに移って宣伝販促のクリエイティブディレクターになり、その関係でいろいろなイベントの現場を見に行っていたら、六本木でぺちゃくちゃないとに出会ったんです。もう5～6年前ですね。ものすごく衝撃を受けて、これは面白いなと思いました。 </p>

<p xml:lang="en" lang="en"><em>─「長野でやろう！」と思ったきっかけは？</em></p>
<p xml:lang="en" lang="en" class="interviewcomment">製品の宣伝販促ツールを作るにあたって、勤め先の会社では東京の大手の広告代理店に丸投げというケースが多いんです。それが嫌で、どうせなら長野県のローカルのクリエイターさんに手伝ってもらって仕事を回したくて、クリエイターを探していました。長野県の人って、奥ゆかしいじゃないですか。才能や実力があってもなかなか表に出てこない。どうにかしてそういう人を表に引っ張り出したいなと思っていたんです。どうしたらいいかとずっと考えていたんですが、そんなときに東京でぺちゃくちゃないとを見て「これだな、長野でやろう」と決めました。それからぺちゃくちゃないとに通って何回も見てクライン・ダイサム・アーキテクツの方々にそのスピリットをたたきこまれて、機が熟した2007年、長野で始めました。 </p>

<p xml:lang="en" lang="en"><em>─当時はすでに国内でもいろいろな都市で開催されていたんですか？</em></p>
<p xml:lang="en" lang="en" class="interviewcomment">まだ東京だけでした。東京からスタートして、当時、世界ではすでに70か所くらいで行われていたのに、日本では他の県には広がらなくて、 主催しているクライン・ダイサム・アーキテクツの方々も「なぜだろう？悲しいよね」とおっしゃっていたので「じゃぁ長野でやります！」と。東京以外だと、長野が初めてです。 </p>

<p xml:lang="en" lang="en"><em>─世界中で行われているぺちゃくちゃないとですが、どんな風にスタートしたのでしょうか？</em></p>
<p xml:lang="en" lang="en" class="interviewcomment">クライン・ダイサム・アーキテクツのお二人（アストリッド・クライン＆マーク・ダイサム）は、日本に来て<a href="http://www.toyo-ito.co.jp/" target="_blank">伊東豊雄さんの事務所</a>に入って、そこでしばらく仕事をしてから独立しました。そのときに、倉庫を借りてオフィスにしたそうです。その倉庫のスペースでやっていたプレゼン大会から20×20というフォーマットが生まれて、その後にスーパーデラックスというイベントスペースの運営に関わるようになり、そこで毎月定期的に開催するようになったと聞いています。</p>

<p xml:lang="en" lang="en"><em>─現在は日本の他の地域でも開催されていますか？　他の地域の運営スタッフとの交流はあるのでしょうか？</em></p>
<p xml:lang="en" lang="en" class="interviewcomment">国内では長野のほかに、東京、名古屋、浜松、西宮、盛岡、岡山で開催しています。交流という意味では、名古屋とは仲がいいです。名古屋で始めるにあたってどんな風にやっているか教えてほしいというメールがきて、長野でぺちゃくちゃを経験してもらったし、我々も1回目の名古屋のぺちゃくちゃにプレゼンターとして参加しました。</p>

<p xml:lang="en" lang="en"><em>─ぺちゃくちゃないとといえば20×20ですが、その魅力とは？</em></p>
<p xml:lang="en" lang="en" class="interviewcomment">最近、動画編集が手軽にできるようになってきて、プレゼンでも動画の利用が増えてきました。そんな動画主体の時代にあっても、ぺちゃくちゃないとは未だに静止画にこだわっているというフォーマットが、個人的には面白いなと思っています。動いていると見逃すことも、止まっているから気付くことも結構あって。止めて物を見る面白さが特徴だと思います。 <br />
20×20って非常に絶妙な枚数と時間で、これより多いと間延びしちゃうし、少ないと物足りない。そのバランスがとれているのが20×20だと思うんですよね。そこを見つけ出したクラインダイサムの二人はすごいですよね。ただのプレゼンなんだけれどもリズム感がある。普通のプレゼンと違って飽きない程度に進むので。 
また、1イベントにプレゼンターが10～15人、次々といろんなジャンルの方が登場する面白さですね。とにかくいろんな人が入れ代わり立ち代わり出てくる。写真家さんがいれば、イラストレーターがいて、建築家がいれば、婚活プレゼンする人がいて（笑）。何が出てくるかわからない面白さがあります。プレゼンターの出演順は公開しないので、次に誰が出てくるかわからない、意表を突いた面白さというのがあります。<br />
レベルもいろいろです。プロがいるかと思えばアマチュアも学生もいて、いろいろいるから面白いです。特に学生のプレゼンは学生ならではの良さがあります。プロが忘れちゃった純粋さや、若さや勢いが見れると、結構感動するんですよね。なるべく毎回、学生は入れたいなと思っています。 </p>

<p xml:lang="en" lang="en"><em>─では、逆に、ぺちゃくちゃないとの難しい点は？</em></p>
<p xml:lang="en" lang="en" class="interviewcomment">プレゼンター探しが大変ですね。長野県の人は奥ゆかしいから（笑）。毎回、プレゼンターがなかなか集まらなくて苦労しています。<br /> 
あんまりハードルを上げてしまうとなかなか出てこないだろうと思っていて、基本はクリエイターのプレゼン大会ですけど、例えば毎朝、旦那や子供のためにお弁当を作っているお母さんは弁当クリエイターなわけですよ。そんな方でもOK。それくらいの気持ちです。自分は何かつくりだしていると思えば、あなたはクリエイターです。そういうつもりで気軽に応募してほしいですね。もうひとつは集客です。営利目的ではないですが、もっと多くの方に見てほしいです。今は平均70～100人ですが、100人の壁を超えたいですね。 </p>

<p xml:lang="en" lang="en"><em>─長野で始めてみて、感じていることは？</em></p>
<p xml:lang="en" lang="en" class="interviewcomment">意外と長野県、おもしろい人いるじゃん！と思いましたね。当時はそんなに面白いプレゼンターはいないんじゃないかと、正直思っていたんですけど、意外と強烈な人がポコポコっと出てくるので。「いるならもっと最初から出てこいよ」って気がしますけどね。こんなに面白いんだったら黙ってないでもっと表に出てくるとか、東京とか世界に向けて自分から発信しちゃうとか、やればいいのに。こもっているからもったいないなぁって、なおさら思います。</p>

<p xml:lang="en" lang="en"><em>─トヨシマさん自身は、ぺちゃくちゃないとに対してどんな思いがありますか？</em></p>
<p xml:lang="en" lang="en" class="interviewcomment">ぺちゃくちゃないとに出ると、<a href="http://www.pecha-kucha.org/" target="_blank">ぺちゃくちゃないとグローバルウェブサイト</a>の<a href="http://www.pecha-kucha.org/night/nagano/" target="_blank">長野のページ</a>に、プレゼンターの名前とURLを掲載します。それがきっかけでサイトに海外からアクセスがある、メールでコンタクトがある、というケースが結構あるんです。だから、ちょっと大きい言い方をすると、ぺちゃくちゃないとは"世界への扉"なんです。<br />
ぺちゃくちゃないとをきっかけに、長野にこもってないで東京を意識するとか、更に東京を飛び越して世界を意識してほしい。世界レベルでクリエーションしないと、レベルが上がっていかないと思うんです。僕は、仕事で海外向けの宣伝販促物の制作を行っているんですが、長野県にも、世界レベルの人がいっぱいいるんですよ。でも、それをわかっていないというか、意識していない人が多い。もったいないなと思います。ぺちゃくちゃないとをきっかけに世界を意識してほしいです。</p>

<p xml:lang="en" lang="en"><em>─ぺちゃくちゃないとは効果があったなと思うことはありますか？</em></p>
<p xml:lang="en" lang="en" class="interviewcomment">我々は「ぺちゃくちゃないとは出会い系プレゼン大会」だと言っています。「スーパーハイブリッド合コン」とも（笑）。いろんな出会いがあります。ぺちゃくちゃないと関係で出会って結婚した人が、数組いますね。これも一つの効果かな。（笑） <br />
ひとりでこもって仕事しているより、いろいろな人と出会った方が、発想も広がるし、何かあったときに助けてもらえるし、コラボレーションして新しいことができたりする。出会いを提供するというのもぺちゃくちゃないとの大きな目的です。<br />
とにかく人間関係を広げてほしいです。実際、仕事につながっているケースもけっこうあります。 </p>

<p xml:lang="en" lang="en"><em>─ぺちゃくちゃないと NAGANOでは、長野、松本、諏訪と、三つの地域で開催していますが、開催地の個性ってあるものでしょうか？</em></p>
<p xml:lang="en" lang="en" class="interviewcomment">地域性も無くはないですがそれよりも性別ですかね。長野県のクリエイターは女性の方が元気な印象があります。イキイキしてる。積極的に出てくるのは女性ですね。男はイマイチ...奥ゆかしい（笑）。 </p>

<p xml:lang="en" lang="en"><em>─ぺちゃくちゃないとの運営はおひとりで行っているのですか？</em></p>
<p xml:lang="en" lang="en" class="interviewcomment">長野クリエイターズネットワークという謎のグループが運営しています（笑）。<a href="http://mixi.jp/view_community.pl?id=2330786" target="_blank">mixiのコミュニティ</a>で集まって立ち上げたグループです。mixiコミュでは100人くらい。実際に活動しているのは10人くらいです。ぺちゃくちゃないと以外では、名刺代わりの年賀状交換会とかカラオケ大会、お絵描き大会、鉄道の旅とかいろいろ活動しています。mixiで覗いてみてください。</p>

<p xml:lang="en" lang="en"><em>─イベントの告知はどのように行っていますか？</em></p>
<p xml:lang="en" lang="en" class="interviewcomment">mixiとぺちゃくちゃ長野のWebサイト、ぺちゃくちゃグローバルWebサイトで告知しています。あとは人づて。口コミでどこまでいけるかやってみたいというのはありますね。新聞やテレビというメディアに頼って人を集めても、バッと集まるかも知れないですがあまり定着しない。希薄なつながりのような気がします。伝達するメディアで一番強力なのは人づてだと思うので、メディアをできるだけ使わずにどこまでいけるか試したいという思いがありますね。</p>

<p xml:lang="en" lang="en"><em>─今後の展望は？</em></p>
<p xml:lang="en" lang="en" class="interviewcomment">年間4回、地道に長く活動を続けたいです。<br /> 
それから、世界に出せるようなクリエイターを発掘して、世界に送り出していきたいです。「これは！」と思った人は、東京のぺちゃくちゃないとにブッキングすることもあります。東京は一番発信力が強いので。実際、あるメディアアーティストさんは、グローバルサイトに掲載されたことがきっかけで、作品を見てくれたオーストラリアの人から「いいね！」ってメールがきました。ある画家さんは、東京のぺちゃくちゃないとに出場したところかなり盛り上がってイベントコラボの誘いもあったようです。世界を意識しながら、自分の世界を広げて、レベルアップを、クオリティをアップしてほしいですね。<br />
それから、ぜひ東京のぺちゃくちゃないとも見てほしいです。東京は毎回300～400人集まります。半分以上外国人だし、半分以上は英語のプレゼンです。たまにすごい大物が来ていることもあります。たった1000円（ワンドリンク付）で世界レベルのクリエイターのプレゼンがいっぱい見れて、すごく刺激になりますよ。</p>

<p xml:lang="en" lang="en"><em>─5月15日（土）開催のぺちゃくちゃないと NAGANO Vol.12 は、すでにプレゼンターが決まっていますね。今回はどんなぺちゃくちゃないとになりそうですか？</em></p>
<p xml:lang="en" lang="en" class="interviewcomment">今回は、映像デザインやウェブデザイン、グラフィックデザインのほかブランドデザイン、インタラクションデザインなどで活躍中のトップランナー<a href="http://www.drawingandmanual.jp/" target="_blank">菱川勢一さん</a>がスペシャルゲストとして来場します。ゲストは今回で2回目です。プレゼンテーションだけでなく、簡単なトークショーも行ないます。業界トップランナーの話を聞く機会というだけでなく、一緒に飲みながら話すことができますし（<a href="http://pecha-kucha-nagano.org/vol12.php" target="_blank">詳細はこちら</a>）。そんな機会が1000円（ワンドリンク付）で手に入るわけですから、貴重ですよ。 
一般のプレゼンターの方々も、負けず劣らずの個性的な面々で、期待できます。</p>

<p xml:lang="en" lang="en"><em>─今回、初めてぺちゃくちゃないとの存在を知った！という人いると思うのですが。</em></p>
<p xml:lang="en" lang="en" class="interviewcomment">飲み会の延長ぐらいの気持ちで気軽に来てほしいです。楽しく過ごすのが基本だと思っているので、堅苦しいとか、難しいとか、そんなことはないです。ぺちゃくちゃないとは世界への扉です。積極的に利用してください。 
</p>

<p xml:lang="en" lang="en"><em>─ありがとうございました。</em></p>
<br />
<br />

<p><a href="http://www.pecha-kucha.org/" target="_blank"><img src="/interview/img/i_25toyoshima2.jpg" alt="Side" /></a></p><br />

<p><a href="http://pecha-kucha-nagano.org/" target="_blank"><img src="/interview/img/i_25toyoshima3.jpg" alt="Side" /></a></p>]]>
        <![CDATA[<h2 xml:lang="en" lang="en"><em xml:lang="en" lang="en">Profile</em></h2>
<p xml:lang="en" lang="en">トヨシマヒトシ[Hitoshi Tosyoshima]<br />
Creative Director
</p>
<p xml:lang="en" lang="en">1966年、福岡県生まれ。九州芸術工科大学（現九州大学芸術工学部）を卒業後、プロダクトデザイナーとして長野県内の某メーカーに就職。現在はグラフィック系デザイン全般のクリエイティブディレクター。<br />
1997年より、仲間と共にクリエイターのプレゼン大会「ぺちゃくちゃないとNAGANO」を県内で定期的に開催。
</p>


<h2 xml:lang="en" lang="en"><em xml:lang="en" lang="en">Link</em></h2>
<ul xml:lang="en" lang="en">
<li><a href="http://www.pecha-kucha.org/" target="_blank">PechaKucha 20x20</a></li>
<li><a href="http://pecha-kucha-nagano.org/" target="_blank">PechaKuchaNight NAGANO</a></li>
</ul>

<h2 xml:lang="en" lang="en"><em xml:lang="en" lang="en">Information</em></h2>
<p xml:lang="en" lang="en"><strong>ぺちゃくちゃないと NAGANO Vol.12</strong><br />

●開催日 / 2010.5.15(SAT)<br />
●会場 / <a href="http://www.d-department.com/" target="_blank">D&DEPARTMENT PROJECT NAGANO by COTO</a><br />
●開場 / 17:30<br />
イベントスタート / 18:00<br />
イベント終了 / 21:00<br />
●入場料 1,000円(1ドリンク付き)<br />
●スペシャルゲスト / 菱川勢一<br />

<br />
※詳細はオフィシャルサイトにて<br />

<a href="http://pecha-kucha-nagano.org/" target="_blank">PechaKuchaNight NAGANO</a>
</p>]]>
    </content>
</entry>

<entry>
    <title>24 楯まさみ</title>
    <link rel="alternate" type="text/html" href="http://idnagano.net/interview/2010/03/24.php" />
    <link rel="service.edit" type="application/atom+xml" href="http://idnagano.net/cgi-bin/mt/mt-atom.cgi/weblog/blog_id=2/entry_id=415" title="24 楯まさみ" />
    <id>tag:idnagano.net,2010:/interview//2.415</id>
    
    <published>2010-03-03T22:45:32Z</published>
    <updated>2010-03-04T07:57:49Z</updated>
    
    <summary></summary>
    <author>
        <name>id=Nagano事務局</name>
        
    </author>
    
        <category term="Designer" />
    
    <content type="html" xml:lang="ja" xml:base="http://idnagano.net/interview/">
        <![CDATA[<h5><img src="/interview/img/i_24tatemasami1.jpg" class="interviewph" alt="楯まさみ" /></h5>
<div class="profile">
<p xml:lang="en" lang="en">松本市で育ち、現在東京でグラフィック・Web・エディトリアル・写真・イラストなど幅広い才能を生かして活躍する楯まさみさん。東京を軸にしながらも、NaO（まちなみカントリープレス）の復活版の表紙を手がけるなど、長野や地方についても思いを馳せる。デザイナーとしてのキャリア、仕事との向き合い方、そして東京と長野。いろいろなお話を伺いました。</p>
<p xml:lang="en" lang="en">インタビュアー／坂田大輔　写真／ハラヒロシ　編集／志村純子<br />
<span  style="font-size:11px;">協力／<a href="http://www.d-department.com/" target="_blank"><font color="#333333">『D&amp;DEPARTMENT PROJECT NAGANO by COTO』</font></a></span></p></div>


<p xml:lang="en" lang="en"><em>─NaO（まちなみカントリープレス）の表紙デザインされたんですね。びっくりしましたよ。</em></p>
<p xml:lang="en" lang="en" class="interviewcomment">2009年夏ごろ、私生活と仕事の両方がどん底で（笑）、だけど熱だけはあって。そんなとき、いろいろな偶然が重なって「地元の仕事したい」と思い立ったのがきっかけです。ウェブサイトでメールアドレスを調べて、募集もしていないのに、いきなり連絡しました。お返事が来たので、後日伺って自分の仕事を見ていただきました。社長さんとADさんとお話したのですが、長野県に対する思いや出版業界のことを話しているうちに意気投合して「ぜひ！」ということに。それからしばらくして「NaOが復活するから表紙やってくれませんか？」とお話をいただきました。</p>

<p xml:lang="en" lang="en"><em>─そのとき、なぜ地元の仕事がしたいと思ったのですか？ </em></p>
<p xml:lang="en" lang="en" class="interviewcomment">"地方"というのは以前からありました。地方にいることでの閉塞感はわかるし、そういう意味では東京は風通しがいいのですが、もういっぱいいっぱい...なんだろうな...ゴムが伸びきっていて、もう伸びしろが無いような気がして。その点、地方にはまだまだ"余地"があるように思えました。<br />
どん底で落ち込んでいたときに、地元の友人から突然「松本ぼんぼんに出るから、一緒に踊らない？」という連絡があって（笑）。十数年ぶりに松本の街で踊って、住んでる人たちと触れ合って、自分が持ってる郷土愛みたいなものを再確認したことも大きかったです。<br />
それと同じころ、不思議と地方にいる同世代の知り合いが次々とできたんです。みんなと話をしているうちに「やっぱり地方だな」と思うようになりました。地方だなと考えると、やっぱり自分の地元かなと。以前から地元の仕事はしたいと思っていたのですが、このときに改めて気づいたという感じです。
</p>

<p xml:lang="en" lang="en"><em>─東京に行ったきっかけは何だったんですか？ </em></p>
<p xml:lang="en" lang="en" class="interviewcomment">デザインの専門学校ですね。叔父が東京でカメラマンをしていて、祖母の家もあって。もともと東京生まれなので、あまり抵抗はありませんでした。あのころは若かったのもあって...今よりもっとミーハーだったし、ふわふわしてましたね。地に足がついていなくて。</p>

<p xml:lang="en" lang="en"><em>─デザインに興味を持ったのはいつですか？</em></p>
<p xml:lang="en" lang="en" class="interviewcomment">中学生のころからイラストレーターかデザイナーになろうと思っていました。絵は描けば必ず誰かにほめられたので「私は絵がうまいらしい」と思い込んでいて。これは小さい頃からずっとそうで...完全に、親のせいですね（笑）。 それで、そのままデザイナーになって、同時にイラストも描いていました。でもあるとき気づくんですよ「私は絵を描くことがそんなに好きじゃない」って。絵を描くことがもっと上手で、もっと好きな人がいる。それなら任せればいいと思うようになりました。それからは、仕事で頼まれない限りは描かなくなりました。</p>

<p xml:lang="en" lang="en"><em>─卒業から現在までは、どのような仕事を？</em></p>
<p xml:lang="en" lang="en" class="interviewcomment">卒業してデザイン会社に入社しましたが、忙しくて身体を壊してしまって。その後、別の会社に入ったりもしたのですが、知人から「個人で受けてみない？」という仕事をいただいて、それをきっかけに暫くはフリーランスでした。貧乏なりにそこそこ食べることはできていたのですが、1～2年経ったころに「今の私は、上で指導してくれる人がいないとスキルが伸びない」と気づいて、デザイナーとして出版社に入り、6年勤めました。そこではずっと雑誌や書籍のデザインをしていました。 2年ほど前、担当していた雑誌が休刊になって、それをキッカケに同じ部署にいたデザイナー3人で事務所を立ち上げましたが、今年（2010年）独立しました。</p>

<p xml:lang="en" lang="en"><em>─以前フリーを経験して、向いていないと思ったということですが、今は違いますか？ </em></p>
<p xml:lang="en" lang="en" class="interviewcomment">違う！　まず、スキル以前に感謝があります。仕事とか相手への感謝が、若いときはなかったです。フリーになったと知った友だちが、心配のメールをくれたり、場合によっては仕事をくれたりするわけですよ。そういうことのひとつひとつがとてもありがたいと思える。ちゃんと感謝ができると、多少キツい仕事でもできちゃうんですよね。 今は、上司と部下という人間関係以外からでも、例えば本を読んだり、人と話したり、旅行に行ったり...ということから吸収して学ぶ力がついたと思います。</p>

<p xml:lang="en" lang="en"><em>─今はどんな仕事をしていますか？ </em></p>
<p xml:lang="en" lang="en" class="interviewcomment">エディトリアルデザインの他にも、iPhoneのアプリケーションのデザインとか、写真とか、テクニカル系の本の挿絵とか...なんかめちゃめちゃですよ。今年の抱負は"何でもやる"ですから。</p>

<p xml:lang="en" lang="en"><em>─デザインの仕事としてはもう10年以上の経験があるんですね。 </em></p>
<p xml:lang="en" lang="en" class="interviewcomment">そうですね。恐ろしい（笑）。 </p>

<p xml:lang="en" lang="en"><em>─仕事の取り組み方はどんな感じですか？　夜起きてる感じですが。</em></p>
<p xml:lang="en" lang="en" class="interviewcomment">ちゃんと寝てますよ（笑）？　ただ、事務所にいると「終電までには帰ろう」と考えますが、今は家で仕事しているのでよくわからなくなるんですよ。「ちゃんとしなきゃ！」と思ってはいるのですが...。 デザインの仕事の取り組み方としては...デザインって、表面を飾り立てることではないと思っています。発注のされ方もまちまちで、キッチリとしたラフを用意されて「あとは飾り付けをしてください」というケースもありますが、土台がガタガタだと「とりあえずココにペンキを塗っとくか」程度のことしかできなかったりするんですよね。ちゃんと設計してあげることがデザインだと思っているので、本当はそこから一緒にできるといいものができるんだろうなと。せっかくフリーになったので、そういう仕事を増やしていけたらと思っています。</p>

<p xml:lang="en" lang="en"><em>─その方が、手間がかかりますよね？ </em></p>
<p xml:lang="en" lang="en" class="interviewcomment">手間もかかるし、最近は全体的にギャラも下がっていますけどね（苦笑）。だけど、私はこの方があっていますね。企画の組み立ての段階から話を聞いて一緒に作り上げていく方がいいと思います。もといた出版社の編集部では、編集者と一緒にラフから作っていく方法だったので、慣れているというのもあります。</p>

<p xml:lang="en" lang="en"><em>─そういう意味ではウェブ向きのデザイナーですよね。 </em></p>
<p xml:lang="en" lang="en" class="interviewcomment">本当ですか？　ウェブはまだ大きいものはやっていないので詳しくないんです。</p>

<p xml:lang="en" lang="en"><em>─でも、だいぶ前から個人サイトやってたんですよね？ </em></p>
<p xml:lang="en" lang="en" class="interviewcomment">あのころは小細工ができれば、知識は少しでもサイトを作ることができました。特殊な技能がいらなかった。「テーブルでどう見せるか」という時代でしたよね。今見ると「キチガイか！」ってほど緻密に作ってあります（笑）。あれはあれで楽しかったですね。</p>

<p xml:lang="en" lang="en"><em>─仕事をしているときのテンションはどんな感じですか？ </em></p>
<p xml:lang="en" lang="en" class="interviewcomment">横で呼ばれても気づかないです。だいたい入っちゃいますね。</p>

<p xml:lang="en" lang="en"><em>─仕事がのらないときはどうしますか？</em></p>
<p xml:lang="en" lang="en" class="interviewcomment">場合にもよりますね。<a href="http://twitter.com/mamitan" target="_blank">Twitter</a>やったりとか。30分我慢するとアドレナリンが出てくると聞いたので、我慢することもあります。でも「間に合わせなきゃ」という時間から動きだしちゃったりもするので（笑）。あとは、映画館とか、美術館とか、本屋とか...外に出かけることも多いです。</p>

<p xml:lang="en" lang="en"><em>─仕事の仕方や考え方って、変わるものですか？</em></p>
<p xml:lang="en" lang="en" class="interviewcomment">変わりましたね。出版社にいたころは次号のことだけ考えていればよかったので、世の中のことをあまり深く考えていませんでした。そこから出て、いろいろな仕事をするようになると、世の中との関わりの接点も増えてきて、自然と考えることも多くなりました。<br />
自発的に気づいて変わるというよりは、人と話しているときに気づかされることが多いです。人との出会いを大切にするようになって。そうすると変わるサイクルも次第に速くなって、気づいたらガラっと変わっていたという感じです。 みんな一生懸命生きてるんですよね、適当に生きている人はいない。地方の人も東京の人も、不思議と同じようなことを考えているんです。世の中変わるんじゃないかなって気がするんですけどね（笑）。
</p>

<p xml:lang="en" lang="en"><em>─偉い人に影響を受けたわけではないんですね？ </em></p>
<p xml:lang="en" lang="en" class="interviewcomment">もちろん、大好きな偉いデザイナーさんとかもいますが、それよりも、こうやって話していることだったりしますね。</p>

<p xml:lang="en" lang="en"><em>─例えばどんな方がいましたか？ </em></p>
<p xml:lang="en" lang="en" class="interviewcomment">去年、バイクにテントを積んで、ひとりで北海道までツーリングに行きました。洞爺湖のほとりにおいしいパン屋さんがあると知って訪ねたら、私と同い年の夫婦が営んでいるパン屋さんでした。少し話しているうちに意気投合して「泊まっていきなよ」という話になって。「洞爺湖はこんなに素晴らしくて、恩返しするためにここでパンを焼いているんだ」とかそんなお話を聞いて、刺激を受けましたね。 新潟の友人が、お寺で映画の上映会をするっていう企画をして、そこへ遊びに行ったのですが、やっぱり新潟でも同世代の人たちがそれぞれ面白い活動をしていて。更に上映された映画も素晴らしくて、その映画の監督さんと仲良くなって、監督さんは京都で映画を作っているので、今度は京都の方々と知り合って...と、繋がっていくんですよね。例えば、こんな感じです。</p>

<p xml:lang="en" lang="en"><em>─短時間でそこまでのお付き合いができるってすごいですよね。</em></p>
<p xml:lang="en" lang="en" class="interviewcomment">なんか眉間がムズムズするなって感じる時期もあって、不思議でしたね。"開いている感じ"があるっていうか...。例えば、沖縄の離島へ旅行に行って、すごく開放的になって、現地の人と気軽に話す自分がいるのに、羽田に戻ってきたとたん人が多くて、隣の人と目も合わせない...「ああ、閉じる」という感じ。わかります？　それの開け閉めだと思うのですが...。</p>

<p xml:lang="en" lang="en"><em>─では、出会うのは"開いている"東京以外の場所？ </em></p>
<p xml:lang="en" lang="en" class="interviewcomment">最初はそうでしたが、東京にも面白い人はいっぱいいるんですよね。今までは、それに気づかなかっただけだと思います。</p>

<p xml:lang="en" lang="en"><em>─たくさんのカメラをお持ちだとお聞きしましたが？</em></p>
<p xml:lang="en" lang="en" class="interviewcomment">痛い話ですが、20個くらい持っています。写真はコンパクトデジカメから入りました。当時、私のまわりでfotologというウェブサービスが流行っていて、それが面白くて。コンデジ、ロシアンカメラ、トイカメラ、クラシックカメラ、一眼...と、最初はカメラに興味がありました。その後、興味が写真そのものへと移って、今に至ります。</p>

<p xml:lang="en" lang="en"><em>─写真自体に興味が移ったきっかけは？</em></p>
<p xml:lang="en" lang="en" class="interviewcomment">素敵なフォトグラファーさんと知り合って、写真の凄さを教えてもらいました。</p>

<p xml:lang="en" lang="en"><em>─自分の思い描くイメージを撮れていますか？</em></p>
<p xml:lang="en" lang="en" class="interviewcomment">「気になったらどんどん撮りなさい」と教えてもらったのでそうしています。"デザイナー脳"だから最初は構図を気にしながら頭を使って撮っていたのですが、気になるものをただ衝動的に撮っていれば、"気になるもの"自体がその人の視点だから、それがいずれ個性になる...ということみたいです。未だによくわかりませんが...。撮った写真の中からどれをチョイスするかという、"選ぶ目"も大切ですよね。</p>

<p xml:lang="en" lang="en"><em>─写真は楽しんでいるという感じですね。</em></p>
<p xml:lang="en" lang="en" class="interviewcomment">逃げちゃってるんです。仕事で撮ってても「写真は趣味だし」って、あまり構えない。撮影内容によっては、前日から緊張でピリピリして、度を超えると吐きそうになることもあるんですけどね（笑）。</p>

<p xml:lang="en" lang="en"><em>─写真のお仕事にはどんなものがありますか？</em></p>
<p xml:lang="en" lang="en" class="interviewcomment">写真撮影とデザインの両方をしたり、インタビューと撮影をさせてもらったこともありますが、印象深いのは『<a href="http://www.bijogoyomi.com/" target="_blank">美女暦</a>』です。リニューアル前の『美女暦』のディレクターとは友だちで、私の写真を好きでいてくれて。時々依頼をいただいて、全部で20人以上の女性を撮影しました。こういうタイプの女の子にはこうやって声をかければいいんだとか、女の子の良さをどう引き出すかとか、より美しく見えるアングルを見つけ出してあげたりとか。毎回勉強になりました。女の子を撮るときに大切なのは"愛"です（笑）。イラストを描くときは産みの苦しみがありましたが、写真ではあまり感じないです。本当に趣味ですね。</p>

<p xml:lang="en" lang="en"><em>─長野に戻ろうという気持ちはありますか？ </em></p>
<p xml:lang="en" lang="en" class="interviewcomment">故郷って難しいんですよね。中にいてわかることと、離れているからわかることがあって。都心から離れたいという気持ちはずっと持っているんですが、じゃぁ長野に帰るかというとちょっとわからないですね。別の場所に行くかもしれない。私が故郷を好きでいるためには少し離れている方がいいような気がするんです。中に入ることできっと不自由もあるとか、それを外から何とかできないものか...とか、思ったりしています。<br />
例えば、長野と新潟はお隣なのに、新潟の情報は東京を経由しないと長野に伝わらないのはおかしいと思っているんです。地方と地方がもっと自由に繋がることができればいいのになあ、と。
</p>

<p xml:lang="en" lang="en"><em>─東京にいて感じる長野の良さって？</em></p>
<p xml:lang="en" lang="en" class="interviewcomment">人が生きて暮らすことのリズムを思い出させてくれる場所です。東京はBPMが早いというか...慣れちゃえば疲れることもないけれど、これが当然って思っているとおかしくなっちゃう気がする。地元に戻ると、BPMがゆるやかに戻る感じがあります。<br />
洗濯したり、歩いたり、手紙を書いたり、仕事したり...という日常のひとつひとつ、暮らしそのものがつまり"生きること"だと思うんです。<br />
実家の近所の田舎道を散歩しているときに、ふと「あ、ここに全部ある！」と思う瞬間があって。豊かですよね。ただそれを、ここで毎日暮らしていて感じられるかどうか...難しいところです。私はそういうものに憧れ続けながら、せせこましい場所に住んでいるのがちょうどいいのかな？　と思ったりして。
</p>

<p xml:lang="en" lang="en"><em>─でも地元のお仕事はするんですよね？</em></p>
<p xml:lang="en" lang="en" class="interviewcomment">もちろん、これからもしたいです。長野の仕事は、全国誌を手掛けるよりも、なぜか親に自慢できるんです（笑）。単に"おカネを稼ぐ"ということだけじゃない何かができた気がして。少しはためになったかなって。単純に、嬉しいですよね。</p>

<p xml:lang="en" lang="en"><em>─これから、どんなことをしたいですか？ </em></p>
<p xml:lang="en" lang="en" class="interviewcomment">同世代の面白いことを考えている人たちを集めて、混ぜて、こねて、のばして、こんがり美味しく焼きあげるようなことをしたいです（笑）。関わっている仕事とか環境は人それぞれですが、見ている方向が一緒なら、どうにかできそうな気がするんです。そういう漠然としたことを考えています。 あと、もっと自由に日本中を動き回りたい。放浪したいって気持ちがあります。放浪しながらデザインできないかなと思っていたこともありますよ。</p>

<p xml:lang="en" lang="en"><em>─最後に...免許マニアなんですか？</em></p>
<p xml:lang="en" lang="en" class="interviewcomment">ああ...その話ですね（笑）。心に傷を負うと免許を取りに行く癖がありまして。まず中型二輪、大型二輪...その後、普通自動車免許、ダイビングの免許...。心に傷を負ったときって、その次の土日をどうやって過ごしていいか、それすらわからない。そういうときに免許を取りに行くって、ものすごく前向きでしょ。でも、もう取りたい免許がないんです。だから心の傷、負えないんですよ（笑）。</p>

<p xml:lang="en" lang="en"><em>─（笑）ありがとうございました。</em></p>

<!--<br />
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<p align="right" style="font-size:11px;">協力：<a href="http://www.d-department.com/jp/shop/nagano/" target="_blank">『D&amp;DEPARTMENT PROJECT NAGANO by COTO』</a></p>-->
<br />
<br />

<p><img src="/interview/img/i_24tatemasami2.jpg" alt="Side" /></p><br />

<p><img src="/interview/img/i_24tatemasami3.jpg" alt="Side" /></p><br />

<p align="center"><img src="/interview/img/i_24tatemasami4.jpg" alt="Side" /></p>]]>
        <![CDATA[<h2 xml:lang="en" lang="en"><em xml:lang="en" lang="en">Profile</em></h2>
<p xml:lang="en" lang="en">楯まさみ[Masami Tate]<br />
Designer
</p>
<p xml:lang="en" lang="en">東京生まれの長野育ち。幾つかのプロダクションや出版社を経て、2008年に仕事仲間と事務所（over-rev.）を設立。2010年に独立。デザイン全般のほか、イラストの制作や写真撮影も行う。趣味は迷子、特技は生還。旅と散歩とバイクと車と写真とダイビングと本屋と猫とコーヒーが好き。
</p>


<h2 xml:lang="en" lang="en"><em xml:lang="en" lang="en">Link</em></h2>
<ul xml:lang="en" lang="en">
<li><a href="http://sidesign.jp/" target="_blank">Side</a>（個人サイト）</li>
<li><a href="http://blog.sidesign.jp/" target="_blank">B side</a>（ブログ）</li>
</ul>
]]>
    </content>
</entry>

<entry>
    <title>23 瀧内貫</title>
    <link rel="alternate" type="text/html" href="http://idnagano.net/interview/2009/10/23.php" />
    <link rel="service.edit" type="application/atom+xml" href="http://idnagano.net/cgi-bin/mt/mt-atom.cgi/weblog/blog_id=2/entry_id=404" title="23 瀧内貫" />
    <id>tag:idnagano.net,2009:/interview//2.404</id>
    
    <published>2009-10-21T07:28:46Z</published>
    <updated>2010-06-09T06:53:24Z</updated>
    
    <summary></summary>
    <author>
        <name>id=Nagano事務局</name>
        
    </author>
    
        <category term="Designer" />
    
    <content type="html" xml:lang="ja" xml:base="http://idnagano.net/interview/">
        <![CDATA[<h5><img src="/interview/img/i_23takiuchi1b.jpg" class="interviewph" alt="瀧内貫" /></h5>

<div class="profile">
            <p xml:lang="en" lang="en">ロングライフデザインを考え、伝えるD&amp;DEPARTMENT PROJECTの長野店<a href="http://www.d-department.com/jp/shop/nagano/" target="_blank">『D&amp;DEPARTMENT PROJECT NAGANO by COTO』</a>を9月にオープンさせた瀧内貫氏。運営会社である株式会社コト社の代表を務める瀧内氏に、オープンまでのいきさつと今後の展開についてお話を伺いました。 </p>
<p xml:lang="en" lang="en">インタビュアー／坂田大輔　写真／ハラヒロシ　編集／志村純子 </p></div>


<p xml:lang="en" lang="en"><em>─まずはD&amp;DEPARTMENT PROJECTについて教えてください。 </em></p>
<p xml:lang="en" lang="en" class="interviewcomment">"ロングライフデザイン"をキーワードにした、家具、キッチン雑貨、食器、文具など生活雑貨のセレクトショップです。<br />

新品・中古を問わず、長く使い続けることのできる商品を紹介・販売しています。また、ショップだけでなく、県内のデザイントラベル情報を紹介するカフェやギャラリースペースを併設し、多様なデザイン活動を展開します。 勉強会やイベントの開催も積極的に行っていく予定です。</p>

<p><a href="http://www.d-department.com/jp/shop/nagano/" target="_blank"><img src="/interview/img/i_23takiuchi2.jpg" alt="D&amp;DEPARTMENT PROJECT" /></a><br />
<br />
<a href="http://www.d-department.com/jp/shop/nagano/" target="_blank"><img src="/interview/img/i_23takiuchi3.jpg" alt="D&amp;DEPARTMENT PROJECT" /></a><br />
<br />
<a href="http://www.d-department.com/jp/shop/nagano/" target="_blank"><img src="/interview/img/i_23takiuchi5.jpg" alt="D&amp;DEPARTMENT PROJECT" /></a></p>

<p xml:lang="en" lang="en"><em>─なぜD&amp;DEPARTMENT PROJECTに参加しようと思ったのですか？</em></p>
<p xml:lang="en" lang="en" class="interviewcomment">参加しようと思ったというか...自分が何をやりたいかということを整理していく中で、D&DEPARTMENTが当てはまった、という感覚ですね。<br />
僕は、自分が長野という地を選択して住んでいると思っています。土地を持っているとか、親がいるとか、妻の両親がいるとか、そういった縁故がこの土地にはない。けれども、時間の流れ方とか、土地の雰囲気とか、何かをやったときに伝わる速度感とか、関わっている人たち...そういったものが自分に合っているし、好きだという理由でここを選んでいるんです。<br />

自分が選んでいる場所や土地に対して何ができるかということを考えました。一方で、この土地だけで何かをやっていくということのむずかしさを感じていました。東京など大きい経済圏と繋がりながら自分のやりたいことをやるというスタンス、そこにマッチしたんです。D&DEPARTMENT では、地方と東京の商品を両方取り扱っています。東京のフォーマットをそのまま当てはめる店ではなく、その土地らしさを取り入れていく、というところ。<br />
"その土地らしい"というのは、逆をいえば"その土地にしか通用しない"ということと表裏一体である可能性があるので、全国的に通用するジャッジ、つまり東京を発信として利用できる部分が加わって...簡単にいうと都合がよかったんですが、地方であるところと、東京を利用するところのバランスに共感しました。<br />
もともと、お店のファンであったことは間違いないです。単純にファンだという次元もありつつ、でも、ファンだからやっているということではない。やりたいことのひとつの手段としてD&DEPARTMENTがある、ということだと思います。<br />
</p>

<p xml:lang="en" lang="en"><em>─そもそも、瀧内さんとD&amp;DEPARTMENTとの出会いは？</em></p>
<p xml:lang="en" lang="en" class="interviewcomment">植木鉢を探していたんです。「長野にかっこいい植木鉢がない！」と思ってネットで探していたら、D&amp;DEPARTMENTのショップがまたたまひっかかったんです。そのころ、D&amp;DEPARTMENTはグリーンなどの販売に力を入れていた時期で。サイトを見ていたら自分好みの良いものが多くて、とりあえず植木鉢を買って。それがきっかけですね。 </p>

<p xml:lang="en" lang="en"><em>─瀧内さんはもともと会社員だったわけですが、退職するとき、すでにD&amp;DEPARTMENTの存在があったわけですか？ </em></p>
<p xml:lang="en" lang="en" class="interviewcomment">まったくないですね。父の仕事を手伝うための退職でした。ホテルの手伝いをしたり、デザインをしたりしながら今後模索している中で、D&amp;DEPARTMENTの「d47」を知ったんです。
<br />
会社員時代に学んだことは、今すごく役立っています。実際にお店を経営してみて役立つ基本的なビジネススキルは、あの時代に相当量鍛えられたなと感じています。 </p>

<p xml:lang="en" lang="en"><em>─オープンよりもだいぶ前にmixiでコミュニティを立ち上げたことが印象深いのですが、コミュニティを立ち上げるだいぶ前から準備していたのでしょうか？ </em></p>
<p xml:lang="en" lang="en" class="interviewcomment">いいえ、立ち上げる前日にナガオカさんに初めてお会いしました。<br />
ナガオカさん自身「インターネットでコミュニティを作ることは、情報をうまく集める方法として可能性があるのではないか」と思った時期と重なっていたんです。ご本人も実名でmixiに登録して、情報を集める活動をしていて。<br />
僕はもともとファンだったということもあってブログやサイトを見ていて、47都道府県に1店舗ずつ作るという「d47」を知って、とりあえず会わせてくださいとメールを送り、お会いし、そのときに「とりあえず進めてみましょう」ということになったんです。翌日にコミュニティを立ち上げました。</p>

<p xml:lang="en" lang="en"><em>─お会いした当日にGO...そんなにスムーズに決まるものなのですか？</em></p>
<p xml:lang="en" lang="en" class="interviewcomment">それなりに準備をして行きました。ほかの店舗から話を聞くと、かなり順調なスタートだったらしいですよ。振られてアタックして、また振られてはアタックして...という方々が多い中で、初回で「話を進めてみましょう」となった長野店は珍しい例だそうです。<br />
ナガオカさんはメディアで考えを発信しているので、それを把握することはできます。だけど、自分の考えていることはナガオカさんに伝わっていない。だから僕は「長野でやるならこういうことをやりたい」という企画書を作って持って行きました。それがスムーズに進んだ要因だと思います。 </p>

<p xml:lang="en" lang="en"><em>─ナガオカケンメイさんってどんな人ですか？ </em></p>
<p xml:lang="en" lang="en" class="interviewcomment">ナガオカさんは、気さくな人。でも厳しい人。デザインや仕事面では目利きな人です。すぐに判断してしまう。<br />
基本的に"デザイン好きな人"ですね。ナガオカさんは、デザインの在り方がが間違った方向に向かっていると感じているんです。著名なデザイナーがデザインしているものが重視され使い勝手が無視されている家電や住宅の風潮や、良いデザインでも消費社会の中ですぐに捨てられてしまう現状を、ひとりのデザインファンとして変えていきたいと考えています。それに対して自分に何ができるかと考えたときに"正しく伝える売り場を持つこと"がひとつの答えなのではないかと思い立ち、D&amp;DEPARTMENTの活動がスタートしたんです。 </p>

<p xml:lang="en" lang="en"><em>─では、D&amp;DEPARTMENTは正しいデザインの在り方を伝える場なんですね？</em></p>

<p xml:lang="en" lang="en" class="interviewcomment">それだけではないです。正しいデザインの在り方は、すでに答えが見つかっているわけではないので、一緒に探して、勉強していこうというスタンスですね。地方に埋もれている良いデザインを探したり、正解を探す場だったり。その拠点としてショップがある。<br />
書籍やウェブで紹介するだけでなく、経済活動として成功する方法でやっていこう、ショップとしてのコミュニケーションで伝えていこう、ものをきちんと使ってもらうためにきちんと伝えて売ろうというスタンスです。 </p>

<p xml:lang="en" lang="en"><em>─店舗準備にはかなり時間がかかったということですが。 </em></p>
<p xml:lang="en" lang="en" class="interviewcomment">そうですね。おととし（2007年）の11月末にナガオカさんとお会いして、オープンが今年（2009年）の9月。約2年ですね。</p>

<p xml:lang="en" lang="en"><em>─準備に時間がかかった要因は？</em></p>
<p xml:lang="en" lang="en" class="interviewcomment">自分の中の甘さですね、やっぱり。「こういうことやりたい！」といっていただけで、現実を見ていなかった。考えが中途半端だったのに言い出してしまったので、あいまいな部分をきちんとした線にしていくという作業に時間がかかりました。<br />
もうひとつは物件が見つからなかったということですね。僕たちの理想とする建物がなかったんです。目的を持ってきていただく場所ということで、繁華街からは少し離れたところ、というのがD&amp;DEPARTMENTの理想でした。街の風景になっている建物であるとか、新築はNGとか、共同テナントもNGとか...条件があるので。 </p>

<p xml:lang="en" lang="en"><em>─場所が決まってからオープンまではどのくらいでしたか？ </em></p>
<p xml:lang="en" lang="en" class="interviewcomment">2ヶ月経っていないですね。本部すら疑っていました。「とりあえずやってみなよ」とは言っていましたが、心の中では「無理でしょ」という感じで（笑）。無事にオープンした際は「奇跡だ！」といわれました。通常は3ヶ月程度、時間をかけているみたいです。</p>

<p xml:lang="en" lang="en"><em>─mixiのコミュニティや公開ミーティングといった、店舗オープンに向けての活動が独特だったと思うのですが？</em></p>
<p xml:lang="en" lang="en" class="interviewcomment">計算ではないです。そのときに何が適切かを考えながらやっていっただけです。<br />
自分に経験がないので、自分の中に方法論がなかった。その状態でどうすればよいかと考えたときに、D&amp;DEPARTMENT PROJECTらしいやり方として、とりあえず手を動かしてみよう、足を動かしてみようという感覚でした。<br />
他県のD&amp;DEPARTMENTは会社で立ち上げようとしているのでスタッフがいるんですが、僕は個人でやるといい出したので人がいなかった。とりあえず、興味ある人がどれくらいいるか調べてみようという感じで、2008年の2月にミーティングイベントという形で開いてみたら、結構集まったんです。その流れで公開ミーティングをやってみようと思って。人を探しながら物件情報や長野の情報を集める仕組みであり、同時に宣伝・告知にもなる。また、D&amp;DEPARTMENTを始めようと思ったきっかけでもある"長野の気付き"の場にもなると思って公開ミーティングを選択したんです。でも回数を重ねるほど公開性はなくなってしまって、メンバーが固定化してきて参加しづらくなってしまったりもしました。<br />

次のステップとしては、みんなで長野にどういうものが埋もれているのかを探りにリサイクルショップを回ったり、自分たちでコースやパンフレットを作ってトラベルしてみたり。そういったことをしてきました。<br />
こうやって繋がってきた人たちとやればやるほど考えが収斂していく中で、場所が見つからないというジレンマは常につきまとっていましたね。 </p>

<p xml:lang="en" lang="en"><em>─オープニングにもたくさんの人が集まっていましたよね。人集めが上手なのかなと思うのですが。 </em></p>
<p xml:lang="en" lang="en" class="interviewcomment">基本的に人好きだけれど、人づきあいが得意なわけではないんです。どちらかというと苦手ですね（苦笑）。たぶんやろうとしていることと、やっていることのむちゃ感が「手伝ってやらなきゃ」という気持ちにさせているだけかと（笑）。<br />
ただ、ワークショップなどをやっていく中で、楽しんでもらわなきゃ意味がないという意識はありました。そういうことは考えてますね。<br />
例えば、店舗の看板は学生の相当なる犠牲の上に完成したものなんですよ。その代わり、話す時間を提供しました。一対一でナガオカさんなどと話す機会はなかなかないじゃないですか。お金を提供することはできないけれど、工夫や努力次第で別の価値を提供することはできるんですよね。そういうのはやっていました。 </p>

<p xml:lang="en" lang="en"><em>─D&amp;DEPARTMENTのキーワードはロングライフデザインですが、長野のロングライフデザインって何でしょう？ </em></p>

<p xml:lang="en" lang="en" class="interviewcomment">長野のロングライフデザイン...まだわかっていない、手探りです。商品の選び方も、勉強しながらという感じです。足で探して、ひたすら話を聞いて。その繰り返し。<br />
結局、情報発信がうまくいっていないんですよね。例えば、同じ県内でも木曽の情報は長野市まで入ってこない。だから足を運んで、情報を収集して、見つけてくるより他ないんです。現地に足を運んで、中心となっている人物を探し出してその人の話を聞いて、枝葉が分かれたらしらみつぶしに調べていきます。ロングライフデザインという条件をクリアできるかどうか。地道な作業です。でも、そういうものじゃないと、売ろうとしても売れません。長く使ってももらえない。<br />
2Fのショップの商品は、最終的にナガオカさんが選んでいます。商品選定会があるので、こちらで提案して、審査が通ったものだけが店頭に並ぶというルールです。実感を伴った提案であることが前提なので、自分で購入して、自分で使ってみて、その上で提案するという流れがあります。</p>

<p xml:lang="en" lang="en"><em>─オープンして三週間。これまでの感触はいかがですか？</em></p>
<p xml:lang="en" lang="en" class="interviewcomment">まだまだです。予想していた範囲の下限、という感じでしょうか。D&amp;DEPARTMENT自体がまだまだ長野に浸透していないですし、立地的にもふらっと立ち寄る感じではないですし。もう少し時間はかかるかなと考えています。</p>

<p xml:lang="en" lang="en"><em>─D&amp;DEPARTMENT PROJECT NAGANOとして、今後のイベントなどは決まっていますか？</em></p>
<p xml:lang="en" lang="en" class="interviewcomment">ここの立地だと"何か"を仕掛けないとお客さまは来てくれないと思っています。ですから、D勉強の会（自分たちの商品勉強会を公開で行うというスタンスのもの）や、デザイントラベルツアーの開催、ギャラリーとしての場所の提供などを計画しています。年内にも、勉強会とギャラリーと観光ツアーを各ひとつずつ開催する予定で準備を進めています。<br />

id=Naganoの勉強会をここでやってもいいですよ、コーヒー飲みながら。</p>

<p xml:lang="en" lang="en"><em>─D&amp;TRAVEL CAFEというのは？</em></p>
<p xml:lang="en" lang="en" class="interviewcomment">長野のデザイントラベル情報を集めたカフェです。スタッフの誰に聞いてもおすすめのトラベルプランを提案できるような、観光案内所の機能を持たせたいんです。<br />
長野はもったいないところがすごく多い。この風景とこの商品があるのに、サービスが不十分だったり、店舗から干してある洗濯物が見えていたり（笑）。全国から人を呼べる可能性があるのに埋もれている。そういう情報に気づいてもらえる場所にしたい、それをやり続けている場所になりたいと思っています。いつ来ても何か新しい情報があるような。<br />
これはまだ本部にOKももらっていない構想に過ぎませんが、D&amp;TRAVEL CAFEを県内のいくつかの都市に作りたいと思っています。</p>

<p xml:lang="en" lang="en"><em>─各都市に作る意図とは？</em></p>
<p xml:lang="en" lang="en" class="interviewcomment">旅の出発点になってほしいんです。「長野っていいところだよね」とわかってはいても、どこに行ったらいいのかわからない。そういう人たちが D&TRAVEL CAFEにきて「どこかいいところありますか？」と聞いてくれればいい。スタッフ全員が「この時期だったら、D&amp;DEPARTMENTとしてはここがおすすめです。このコースで回れば、デザインという視点においても、旅という視点においても満足してもらえるような旅ができます。」と案内できる状態にしたいです。

<br />"観光"は長野県の経済にとって一番のキーだと思っていて、このデザイントラベルという新しい切り口で見せることによって、別の層の人たちが県内を回り出すことにつながればと思っています。デザインがいいということが人を呼ぶことにつながることがわかれば、住んでいる人や観光に携わっている方にとっても気づきになると思っています。</p>

<p xml:lang="en" lang="en"><em>─最後に、何か伝えたいことはありますか？ </em></p>
<p xml:lang="en" lang="en" class="interviewcomment">とりあえず来てください（笑）。<br />
まず来てもらって、触れてみてください。触れてみなければわからないので。</p>


<p xml:lang="en" lang="en"><em>─ありがとうございました。</em></p>
<br />
<br />

<p><a href="http://www.d-department.com/jp/shop/nagano/" target="_blank"><img src="/interview/img/i_23takiuchi4.jpg" alt="D&amp;DEPARTMENT PROJECT" /></a></p>]]>
        <![CDATA[<h2 xml:lang="en" lang="en"><em xml:lang="en" lang="en">Profile</em></h2>
<p xml:lang="en" lang="en">瀧内貫[Toru Takiuchi]<br />
Designer
</p>
<p xml:lang="en" lang="en">1978年 大阪生まれ。長野育ち。<br />
長野工業高等専門学校環境都市工学科を卒業後、設計事務所、食品会社などを経て、2008年 フリーに。2009年 株式会社コト社設立。<br />

<br />
デザインを使った地域活性化、地域貢献が目下のテーマ。<br />
D&amp;DEPARTMENTを47都道府県につくるプロジェクト「d47」の長野店を2009年9月に開店。
</p>


<h2 xml:lang="en" lang="en"><em xml:lang="en" lang="en">Link</em></h2>
<ul xml:lang="en" lang="en">
<li><a href="http://www.d-department.com/jp/shop/nagano/" target="_blank">D&amp;DEPARTMENT PROJECT NAGANO</a></li>
<li><a href="http://www.d-department.jp/" target="_blank">ロングライフデザイン - D&amp;DEPARTMENT</a></li>
<li><a href="http://ta9chi.naganoblog.jp/" target="_blank">コトノコト</a></li>
</ul>

<h2 xml:lang="en" lang="en"><em xml:lang="en" lang="en">D勉強の会<br />わかりやすい珈琲</em></h2>
<p xml:lang="en" lang="en">

<strong>日時</strong><br />
2009年11月3日（火・祝）17:00～（16:30開場）<br />

<strong>場所</strong><br />
D&DEPARTMENT PROJECT NAGANO by COTO 1階「D&TRAVEL CAFE」<br />
※イベント開催のため、カフェは16時までとなります<br />

<strong>参加費</strong><br />
1,500円(珈琲・お菓子付き)　<br />

<strong>定員</strong><br />
30名<br />
<br />
お申し込み・お問い合わせ　長野店店頭またはお電話（ 026-225-9529 ）へ。<br />
<br />
丸山珈琲代表の丸山健太郎氏をお迎えし、コーヒーセミナーを開催します。フレンチプレスを使った簡単なコーヒーのたて方やスペシャルティコーヒーの産地別 飲み比べなど、丸山健太郎氏のコーヒーへのこだわりをお聞きしつつ、様々な味や風味の珈琲をお楽しみいただくイベントです。

</p>]]>
    </content>
</entry>

<entry>
    <title>22 古川陽介</title>
    <link rel="alternate" type="text/html" href="http://idnagano.net/interview/2009/09/22.php" />
    <link rel="service.edit" type="application/atom+xml" href="http://idnagano.net/cgi-bin/mt/mt-atom.cgi/weblog/blog_id=2/entry_id=398" title="22 古川陽介" />
    <id>tag:idnagano.net,2009:/interview//2.398</id>
    
    <published>2009-09-08T08:16:49Z</published>
    <updated>2009-09-08T08:20:53Z</updated>
    
    <summary></summary>
    <author>
        <name>id=Nagano事務局</name>
        
    </author>
    
        <category term="DJ" />
    
    <content type="html" xml:lang="ja" xml:base="http://idnagano.net/interview/">
        <![CDATA[<h5><img src="/interview/img/i_22furukawa1.jpg" class="interviewph" alt="古川陽介" /></h5>

<div class="profile">
            <p xml:lang="en" lang="en">「日常に音楽を」というコンセプトのもと、松本の女鳥羽川のほとりで5周年を迎える瓦レコードを運営しながら、reiharakami、七尾旅人、ロマンポルシェなど大物アーティストを迎えての本格的な大規模フェス<a href="http://ringofes.naganoblog.jp/" target="_blank">「りんご音楽祭」</a>を開催しようと奮闘する"dj sleeper"こと古川陽介氏にお話をお聞きしました。 </p>
<p xml:lang="en" lang="en">インタビュアー・写真・編集／坂田大輔</p></div>


<p xml:lang="en" lang="en"><em>─瓦レコードに初めて来ましたが、とても面白い場所ですね。まずは瓦レコード立ち上げの経緯を教えてください。 </em></p>

<p xml:lang="en" lang="en" class="interviewcomment">信大の授業で仲間が集まって、最初は自分の家とかで遊んでいたんですが、2日に一回など頻繁になってきちゃって、さすがに自分の家に毎日来られるのもどうかなと...外で遊ぶにはお金もかかるし、それだったらみんなで一軒家借りちゃおうというのが始まりでした。 </p>

<p xml:lang="en" lang="en"><em>─そのあとの変遷を教えてください。 </em></p>

<p xml:lang="en" lang="en" class="interviewcomment">最初は友達同士のたまり場だったんですが、そのうちレコード屋を始めました。そのとき、名前を何にしようかなって思ってたんですが、この借家がもともと瓦の製造工場だったこともあって、漢字一文字でつけたいなと思っていたことも重なって、「瓦レコード」と名づけました。
<br />
今年で5周年ですが、ここで、毎週末の本格的な音楽イベントを始めたのは3年前くらいからです。 </p>

<p xml:lang="en" lang="en"><em>─毎日のようにイベントやっているイメージがあります。</em></p>

<p xml:lang="en" lang="en" class="interviewcomment">そうですね、現在は火・金・土の3回やっているからかもしれません。スタッフは10名ほどで、瓦レコードを通して知り合った人たちです。 </p>

<p xml:lang="en" lang="en"><em>─瓦レコードのイベントもそうですが、ご自身が出演されるイベントの数、またはその他のイベントやライブに数えきれないくらい参加されているようですね。 </em></p>

<p xml:lang="en" lang="en" class="interviewcomment">そうですね。派手に動く時は動きますね。このまえは、サマソニでライブを10本ほど観た後に、夜に5カ所くらい会場回ってライブを観ました。
<br />

りんご音楽祭への出演される方への挨拶もあったのですが、さすがにその時は死ぬかと思いましたね。手がけいれんしてました（笑）。</p>

<p xml:lang="en" lang="en"><em>─りんご音楽祭の話が出たので、こちらについてもお聞きしたいと思います。mixiやナタリー、Yahoo!ミュージックなど大手のサイトにニュース上がってますが、これをやろうと思ったきっかけってなんですか？ </em></p>

<p xml:lang="en" lang="en" class="interviewcomment">もともとアルプス公園でなにかやりたいなと思っていました。東京で一度働いたのでその時はあきらめかけてたのですが、松本に戻ってきて、Monday満ちるさんの告知で松本中を巡ってるとき、天気よかったんで、お弁当もって公園にお昼食べに行ったんですよ。
<br />
そのとき、「ここでパーティーして！って、この場所が言ってるよね」ってみたいな...ここ場所がすごくよくって、フェスやろうって決めました。
<br />
ただ、今年やろうか来年やろうか迷ってたんですけど、6月の頭に強力なスタッフが2人見つかって、そのバックアップもあって今年やることにしました。</p>

<p xml:lang="en" lang="en"><em>─出演者すごいですよね。reiharakami、七尾旅人、ロマンポルシェ、オーサカモノレール。この人脈ってどっから来てるんですか？ </em></p>

<p xml:lang="en" lang="en" class="interviewcomment">いや、人脈ってほとんどなくて、純粋に自分がいったライブとかパーティでアーティストに声掛けてというのを繰り返しているだけなんです。

<br />
もともと瓦もゼロから始まったんですけど、ライブ行って良かった人声掛けての繰り返しなんです。reiharakamiさんは、七尾さんのマネージャーさんからつながった感じです。 </p>

<p xml:lang="en" lang="en"><em>─出演者に長野県のアーティストも多いですよね。</em></p>

<p xml:lang="en" lang="en" class="interviewcomment">長野県のアーティストに参加してもらってるのは、長野県のパーティーとかライブに行く機会が多いから。必然的に長野県のアーティストにオファーする機会が増えた結果だと思います。お客さんには、りんごで県内のアーティストに触れてもらうことで、県内の音楽のきっかけになってくれたらなとも思ってます。 </p>

<p xml:lang="en" lang="en"><em></em><em>─長野県で音楽がどんな風に浸透していったらと思いますか。 </em></p>
<p xml:lang="en" lang="en" class="interviewcomment"> 長野県の人にとって音楽がもっと日常的になったらいいなと思ってるんです。まだ長野県は「ゲストが来る」からとか「お祭りだから」とかそういうことじゃないとなかなか人が集まってこないですよね。音楽やってるところにふらりと寄れるかんじ... 「ゲストが来る」といってテンションあげるのも大事だけど、これって常にできないことですよね。

毎日フジロックだと難しいじゃないですか。それに、特別なイベントへの参加はライフスタイルにはならないなと思ってます。自分は、『衣・食・住・音』を目指している。いいかえるならば、『非日常を楽しむのではなく、日常を楽しくする』ということですかね。そういった意味で、
  ふらりと寄れる、瓦レコードは毎日開いていた方がいいと思うんです。今は火・金・土でやっているのですが、そういう思いは常にありますね。<br />
<br />
<em>─瓦も5周年、お客さんの音楽に対するとらえ方って変わってきましたか？ </em></p>

<p xml:lang="en" lang="en" class="interviewcomment">これは、変わってきましたね。自分自身がクラブとか行き始めた当初は、ハードルがすごく高かった。とりあえず怖いみたいな...。音楽なのになんで怖いかって...。でも実際行ってみて、あぁこれは怖いね、と。これがとても好きじゃなかったです。<br />
そういうのは瓦にくるお客さんはもってないし、音が好きって括りで集まったパーティーみたいな感じで楽しめるようになってきていると思います。 </p>

<p xml:lang="en" lang="en"><em>─それにしても瓦にせよりんご音楽祭にせよ、相当音楽が好きですよね？ </em></p>

<p xml:lang="en" lang="en" class="interviewcomment">純粋に好奇心だと思います。いい音に出会ったときのあのゾクゾク感あれがやめられないですよね。小学校の給食の時間に、ディープパープルのハイウェイスターを放送室から流して先生から叱られたのを覚えてます。今思えば、そのころからDJしてたんですかね。
<br />
自分が好きな曲を、人に知ってもらいたいという気持ちが人一倍強かったんだと思います。「いいでしょ！いいでしょ！」ってそんな感じです。 </p>

<p xml:lang="en" lang="en"><em>─共感を得たいって気持ちがあるんですね。 </em></p>

<p xml:lang="en" lang="en" class="interviewcomment">あると思いますよ。<br />

自分は結構誤解されやすいんですよね。音楽の好き嫌いははっきりあるんですが、ジャンルで好き嫌いがないので「あいつはなんでもいいんじゃないか」なんて言われることもあります。<br />

また、瓦は家なのでクラブみたいな大音量は出せないんですね。でもこれは意図的であって、瓦はライブハウスやクラブではなくてホームパーティの延長と考えているからなんです。
<br />
さっき話したように、音楽がある生活が日常になったらいいなぁと思ってるので、必要以上の大音量は必要ないんです。けどあんまり理解されないことも多いです。だから、逆に共感を得たいという気持ちも強いのかも知れませんね。 </p>

<p xml:lang="en" lang="en"><em>─理解されないって経験は多いんですか？ </em></p>

<p xml:lang="en" lang="en" class="interviewcomment">多いですね。確かに理由を聞くと、「あ～自分が悪かったわ...」という場合もとても多いのですが、ただこれわかってくれないのか...という場面も結構多いですね。<br />

さっきのライブの話でいえば、同じ音を扱っていますが、ライブハウスやクラブとは目指しているところは全く違うと思っていて、瓦でやろうと思っていることはホームパーティでどれだけのことができるかってことなんです。どっちがいいとか悪いとかじゃなくて目的が違うわけだから、これはしょうがないですよね。こういうことも誤解されることが多いですね。 </p>

<p xml:lang="en" lang="en"><em>─となるとお客さんも瓦ではライブハウスやクラブと時間の過ごし方は変わってくるんですかね？ </em></p>

<p xml:lang="en" lang="en" class="interviewcomment">ぜんぜん違いますね。瓦は「音楽を日常にする」というのがコンセプトなんで、ライブって「よーし！見るぜ」みたいな感じじゃないですか。出演者がライブやって、その合間に小休止いれてまた次のバンド、気合いいれて見るみたいな。<br />
瓦は音に疲れた時にゆっくり出来るような、音からの逃げ場が多いんですよ。つまりアーティストにとってはハードルが高い。いい音出してないと、すぐ逃げられちゃいますからね。 </p>

<p xml:lang="en" lang="en"><em>─りんご音楽祭のことにちょっと戻りますが、初フェスということで大変なことはありますか？ </em></p>

<p xml:lang="en" lang="en" class="interviewcomment">めちゃくちゃ大変ですよ（笑）常に壁にぶち当たっている感じですかね。で、壁がありすぎて、壁にぶち当たるのも、壁を壊すのも普通になっちゃいました（笑）。怖いのは一日何個も壁を壊し続けてるので、その日壊さなきゃいけなかった壁をうっかり1つ忘れてしまうこととかですかね。<br />

でも、利益無視でかかわっていただいている企業の方とか、アーティストさんも協力してくれるので本当に助かってます。絶対成功させなきゃって思いがあります。<br />

あとスタッフ今は20人から30人でやってるんですが、足りない...ぜひこれをみて興味のある方は連絡欲しいですね。 </p>

<p xml:lang="en" lang="en"><em>─<span class="interviewcomment">長野県</span>にもフェスが結構でてきてますね。</em></p>

<p xml:lang="en" lang="en" class="interviewcomment">UEDA JOINT、PEACEFUL GARDENや木曽鼓動なんかがありますよね。UEDA JOINTのTOSHIZOさんにはりんごにバンドででてもらうし、PEACEFUL GARDENのオーガナイザーさんには瓦でDJしてもらったり、木曽鼓動さんには企画書の書き方とか教わってます。本当にありがたいです。
</p>

<p xml:lang="en" lang="en"><em>─りんご音楽祭に参加するお客さんへのメッセージは？</em></p>

<p xml:lang="en" lang="en" class="interviewcomment">価格も安いので、気軽に来て楽しんでほしいですね。まだまだ県内の方の参加が少ないのですが、特に長野県の方には来てもらいたいです。ぜひよろしくおねがいします</p>



<p xml:lang="en" lang="en"><em>─ありがとうございました。</em></p>

<p><a href="http://ringofes.naganoblog.jp/" target="_blank"><img src="/interview/img/i_22furukawa2.jpg" alt="りんご音楽祭2009　オフィシャルサイト" /></a></p>

]]>
        <![CDATA[<h2 xml:lang="en" lang="en"><em xml:lang="en" lang="en">Profile</em></h2>
<p xml:lang="en" lang="en">古川陽介[Yosuke Furukawa]<br />
DJ<br />
url : <a href="http://ringofes.naganoblog.jp/" target="_blank">りんご音楽祭2009　オフィシャルサイト</a><br />
</p>

<h2 xml:lang="en" lang="en"><em xml:lang="en" lang="en">りんご音楽祭2009</em></h2>
<p xml:lang="en" lang="en">
2009年9月21日（月・祝）・22日（火・祝）<br />

<strong>＜昼の部＞</strong><br />
10時～20時[雨天決行・荒天中止]<br />
<strong>＜夜の部＞</strong><br />
RAIZ 21時～5時<br />
ALECX 23時～5時</p>

<p xml:lang="en" lang="en">
★<a href="http://ringofes.naganoblog.jp/e286859.html" target="_blank">チケットの購入についてはオフィシャルサイトをご覧ください。</a></p>]]>
    </content>
</entry>

<entry>
    <title>21 小出陽子</title>
    <link rel="alternate" type="text/html" href="http://idnagano.net/interview/2009/06/21.php" />
    <link rel="service.edit" type="application/atom+xml" href="http://idnagano.net/cgi-bin/mt/mt-atom.cgi/weblog/blog_id=2/entry_id=390" title="21 小出陽子" />
    <id>tag:idnagano.net,2009:/interview//2.390</id>
    
    <published>2009-06-17T22:51:38Z</published>
    <updated>2009-06-17T22:53:49Z</updated>
    
    <summary></summary>
    <author>
        <name>id=Nagano事務局</name>
        
    </author>
    
        <category term="おやき屋" />
    
    <content type="html" xml:lang="ja" xml:base="http://idnagano.net/interview/">
        <![CDATA[<h5><img src="/interview/img/i_21koide1.jpg" class="interviewph" alt="小出陽子" /></h5>

<div class="profile">
            <p xml:lang="en" lang="en">信州の郷土食"おやき"を全国に広めようと始まった『信州おやきブランド化事業』の委員会で作業グループ会長を務める小出陽子氏。おやき調査隊というサイトを立ち上げ、自身のおやき店<a href="http://www.fukikko-oyaki.com/" target="_blank">「ふきっ子のお八起」</a>でもネットショップを運営している小出氏にお話を伺いました。</p>
<p xml:lang="en" lang="en">インタビュアー／坂田大輔　写真／ハラヒロシ　編集／志村純子</p></div>


<p xml:lang="en" lang="en"><em>─まずは、ご自身の経緯について教えてください。</em></p>

<p xml:lang="en" lang="en" class="interviewcomment">母がここ（青木島）で開業して20年間やってきたおやき屋を、3年前に引き継ぎました。4年前に東京から戻ってきたんです。</p>

<p xml:lang="en" lang="en"><em>─今まではどのようなお仕事をされていたんですか？</em></p>

<p xml:lang="en" lang="en" class="interviewcomment">私は何でもやってきた人です（笑）。<br />
18歳で東京に出て短大に入りました。その頃は男女差別が強く、短大卒の地方出身の女の子は東京では就職できない時代。身元がしっかりしている女の子でないと名の通った企業には入れないんです。自宅から通勤しない女の子は"不良"とみなされてしまう。だからなかなか就職できなくて。でも東京を離れる気持ちにもなれなくて、伯父に身元を保証してもらって信用金庫に入社しました。融資部で4年半過ごし、金融全般に始まり、英文タイプや外国為替も勉強させていただきました。<br />
そのあと入ったのは小さな出版社。学生時代から出版・広告等のクリエイティブな仕事がしたいと思っていたんです。2年間お世話になりました。<br />
活字の世界も好きだったけどそれ以上に料理も好きでした。だからその後は、知人から声を掛けられてお茶の水の『レモン』という紅茶専門の喫茶店の雇われママを1年間やり、ケーキや紅茶の勉強をしました。<br />
その間に結婚をしたこともあって、とりあえず家庭と両立できる仕事をと思って喫茶店の仕事を引き受けたのですが、単調過ぎて飽きてきちゃったんです。そんな頃、元旦那に「正社員として仕事をして定額の収入を得た方がいいんじゃないか」と言われて。彼は、お互いに稼いだお金はそれぞれが使うという主義だったんです。それがきっかけで、安定した収入を得るために海外建設コンサルタント会社に入りました。27歳のときです。<br />
海外に特化した建設プロジェクトの会社で、外国為替の知識と英文タイプの腕があったので、主に海外のプロジェクト資金の回収とテレックスを使った現地との交信担当として採用になりました。<br />
そこで18年間。その間には4年間のインドネシア駐在も経験しました。</p>

<p xml:lang="en" lang="en"><em>─おやきがまったく登場しませんが（笑）、なぜおやき屋さんを継ぐことに？</em></p>

<p xml:lang="en" lang="en" class="interviewcomment">45歳になったときが転機でした。母がおやき屋をやめたいといったことがきっかけで、東京を離れる決心をしたんです。</p>

<p xml:lang="en" lang="en"><em>─18年間のキャリアは、かなり充実されていたように思うのですが。</em></p>

<p xml:lang="en" lang="en" class="interviewcomment">充実はしていました。事務部門のトップレベルである業務室長だったので部下が12名いました。ほとんどのプロジェクトの資金繰りやスタッフの世話、部門や事業部の損益計算まで見るようなポジションです。仕事はとても面白かったですよ。</p>

<p xml:lang="en" lang="en"><em>─継ぐときには、相当迷われたんですよね？</em></p>

<p xml:lang="en" lang="en" class="interviewcomment">まったく迷わなかったです（笑）。<br />
自分の腕と頭でお金を稼ぎ出すという仕事に憧れていたんです。18歳のときから「赤ちょうちんの店を持ちたい」という思いがあって、その夢が私の中で途切れることなくずーっと育っていました。自分でおいしい料理を作ってお客さまが喜んでくださることでお金が稼げるのなら、その方がずっと充実しているだろうとどこかで考えていて。<br />

同時に、18年間勤めていても私は会社の歯車のひとつでしかないという思いがいつもあったんです。事務職は技術コンサルタントのサポート役でしかなく、自分で汗水流して働いていても縁の下の力持ちで終わってしまう。しがない宮仕えの身でしかないのかな、という思いが。<br />
その会社は私の入社以前からすでに週休二日・フレックスタイム制、社長も部長も役職ではなく「さん」付けで呼ぶという先進的でフレンドリーな会社だったし、お給料がすごく良かったんですけどね。私が一番いただいていたときで年収1,000万円以上でした。</p>

<p xml:lang="en" lang="en"><em>─1,000万円以上!!　その年収を捨てるって、すごい決断だと思いますが...。</em></p>

<p xml:lang="en" lang="en" class="interviewcomment">プロジェクトで扱うお金も1億、2億と大きいですから、お金の価値が麻痺してしまうんですよ。こういう世界、お金の真の価値を見失うような世界に身を置いていたら私は将来どうなってしまうんだろうという怖さがありました。だから辞めると決めたときには少なからず安堵感もありました。<br />
今はおやき1個売って利益が10円以下の世界で生きている。これが本当の世界だなと、実感しています。現実の世界に帰ってきたなという感覚ですね。<br />
18年間の間に、離婚したり、つらい思いをしたり、海外生活を体験したり。いろいろ起伏があるはずなのに、18年間という期間がすごく短く感じるんです。長野に帰ってからのこの4年間の方が18年間よりも倍以上に長く感じます。</p>

<p xml:lang="en" lang="en"><em>─今は歯車という感覚はないですよね？</em></p>

<p xml:lang="en" lang="en" class="interviewcomment">まったくないですね。自分が作りたいおやきを作る、自分の思い通りの味付けをする。もちろん失敗もあるし、いろいろな苦労もありますが、それは全部お客さまに喜んで食べていただくための苦労だから全然いとわないんです。</p>

<p xml:lang="en" lang="en"><em>─修行はどのくらい、どのように行ったのでしょうか？</em></p>

<p xml:lang="en" lang="en" class="interviewcomment">母のもとで、1年間修行しました。4人姉妹ですが、母のおやきを作ることができる娘は誰もいなかったんですよ。私が初めて母から教わりました。<br />
川中島地方のおやきは生地が全然違うんです。水分量がとても多いので、手ですくうと指の間から生地が流れ落ちてしまう。素早く包んで素早く焼いてせいろに入れるという、ひとりで作るのは大変なおやきなんです。<br />
母は「普通は3年かかるところをあんたは1年でやった」って、最終的には褒めてくれました。最初は喧嘩ばっかりでしたけど（笑）。20年間ひとりで切り盛りしてきた店です。自分が守ってきた城を誰かに引き渡すときの寂しさって、誰でも感じますよね。</p>

<p xml:lang="en" lang="en"><em>─お母さんのおやきをそのまま引き継いでいるのですか？
</em></p>

<p xml:lang="en" lang="en" class="interviewcomment">母は焙烙というフライパンのようなもので焼いていました。生地がくっついてしまうので、どうしても油をひかなければならない。油を最低限の量にしても油の皮膜は残ってしまって、個袋に入れたときに中が油でべっとりしてしまうんです。お客さまが見た瞬間に「油をすごく使ってるのね」と言われてしまって。修行しながら「どうしたら油を使わずにこのおやきの製法を踏襲できるだろう」と考えていました。<br />
そして、母から完全に店を受け継いだ瞬間に、鉄板に変えてしまったんです。遠赤外線効果のある厚みのある鉄板を特注でお願いして。これだと油をほとんど使わないんです。<br />
最初は文句を言われましたよ、「私のおやきじゃない！」って。なので、最初の2年間は、両方のおやきを作っていました。<br />
今もおひとりだけ、母のおやきが食べたいというお客さまがいらっしゃいます。その方には焙烙で焼いたおやきを差し上げています。</p>

<p xml:lang="en" lang="en"><em>─おやきの種類が豊富ですよね？　お母さんのときはオーソドックスなおやきだったんですか？</em></p>

<p xml:lang="en" lang="en" class="interviewcomment">私が季節ごとのおやきを作り始めたのは、母の影響です。スケジュールをきちんと立ててお客さまにお知らせするようにしたのは私ですが、母も変わりおやきをたくさん作っていたんです。<br />
幻のおやきといわれるものがすごく多くて、私では絶対に考え付かないようなおやきをいっぱい作っていました。バナナのおやきとか、納豆のおやきとか、鮭の氷頭のおやきとか。それが大当たりなときもあれば、「おいしいから食べて」といっても躊躇しちゃうようなときもあって。母の時代からちょっと面白いおやき屋だったんです。</p>

<p xml:lang="en" lang="en"><em>─おやきの商品開発には時間がかかるんですか？</em></p>

<p xml:lang="en" lang="en" class="interviewcomment">かかるときと一発OKのときがありますね。決まらないときは何回やっても決まらない。私のオリジナルおやき第一号が『和のトマト』で、今も一番人気です。<br />
今は毎月新作を考えなくてはいけないので、旬の野菜をどういう味付けにしたらお子さままで食べやすく、一番野菜の味を感じてもらえるか、というところから入ります。ネーミングから入ると、だいたい失敗しますね（笑）。</p>

<p xml:lang="en" lang="en"><em>─これはどうだろう...っていう、究極の失敗作もありますか？（笑）</em></p>

<p xml:lang="en" lang="en" class="interviewcomment">ある情報誌の『斬新なおやきを作ってみよう』という企画で、いろいろな食材を持ち込んでいただいておやきを作ったんですが、一番食べられなかったのはプリン！　歯ごたえないし「何これ～！」っていう仕上がりでした（笑）。</p>

<p xml:lang="en" lang="en"><em>─インドネシアでの経験もおやき作りに生きていますか？</em></p>

<p xml:lang="en" lang="en" class="interviewcomment">間接的に生きていますね。あまり知られていない調味料や香辛料を知っているので、それを隠し味に使うことはあります。いろんな味を知っているという意味では多少おやき作りに生きているのかな？と思う程度です。<br />
数ヶ月前にテンペのおやきを季節のおやきとしてつくったんですが、テンペはインドネシアで昔から食べられていた郷土食です。テンペが懐かしくて、栄養的にも良いものだからおやきに取り入れてみました。</p>

<p xml:lang="en" lang="en"><em>─では、本番...信州おやきのブランド化事業について教えてください。</em></p>

<p xml:lang="en" lang="en" class="interviewcomment">おやき事業者さんたちが横の連携をとって、おやきをもっと盛り上げて知名度をアップさせましょう！という企画を長野商工会議所と共に練り上げ、経済産業省の補助金事業として採択されたんです。<br />
昨年度の調査研究事業は今年の3月末で終わりました。4月から本格的な地域資源∞（無限大）事業が採択され始まっていまして、すでに善光寺大門駐車場や、ながの東急さん、イトーヨーカドーさんでイベントを行っています。</p>

<p xml:lang="en" lang="en"><em>─目的は『信州のおやきを全国に認知させる』ということですよね。反応はいかがですか？</em></p>

<p xml:lang="en" lang="en" class="interviewcomment">まだ県外に大々的に発信していくというところまでは至っていないので、県外に対する手応えはまったくないです。本格的な"信州おやきブランド化事業"は始まったばかりなので。<br />

ただ、調査研究事業においていえば、組合もなく、お互いにどんな顔をしてどんなおやきを作っているのかがわからない状態だったおやき屋さんたちが、集まって、認知し合って、信頼関係を築き上げられたということが一番の成果だと思っています。コアメンバーは強い絆で結ばれて「みんなで頑張ろう！」という状態になっていて、すごくうれしいです。</p>

<p xml:lang="en" lang="en"><em>─おやき事業者って、どれくらいあるんですか？</em></p>

<p xml:lang="en" lang="en" class="interviewcomment">長野市だけで70軒近くあります。おやき調査隊でデータ協力をしてくださっているおやき店さんは50軒弱くらい。その中で、事業に本格的にメンバーとして参加してくださっているおやき事業者さんは22軒くらいですね。</p>

<p xml:lang="en" lang="en"><em>─認知度って計りにくいですが、何か具体的なイメージはありますか？</em></p>

<p xml:lang="en" lang="en" class="interviewcomment">まずはおやき事業者さんたちの意識の差を縮めることがこれからの課題ですが、小さなイベントや運動を積み重ねていけば、長野市だけでなく北信地域に広がり、ゆくゆくは長野県全域になって。いずれは長野県のおやきサミット開催というレベルまでたどり着けたら面白いなと思っています。<br />
信州おやきサミットが確立できたら、今度は県外の"おやき"といわれるものだとか、おやきと形状が似ている粉ものをみんな集めて、おやきサミットの全国バージョンができる。その域まで到達できれば、信州おやきがもっと骨太に成長していくんじゃないかなと考えています。<br />
あとは事業者間の相互扶助ですね。勉強会も開催していきたいと考えています。時々、食材が手に入らないという事態が発生することがあるんですが、そういった情報も共有し合って、手に入った食材も分け合いたい。食材の仕入れもみんなでやればそれだけコストダウンに繋がりますし。そのためにウェブを使いたいという思いがあります。業者さん専用サイトを作って情報共有をしていきたい。行く行くはおやき事業者の協同組合を立ち上げたいと考えています。この専用サイト運営が組合の基礎になっていけばいいなぁと思っています。</p>

<p xml:lang="en" lang="en"><em>─これでおやきの認知度がどんどんあがったら、東京出店とか考えますか？</em></p>

<p xml:lang="en" lang="en" class="interviewcomment">おやき事業者さんというのは、小さいところから大きなところまで、千差万別ですよね。そのレベルですみ分けしていけば良いと思うんです。<br />
私はこの店の規模を大きくしたいとか、支店を出したいとか、県外に進出したいとはまったく思っていないんです。お店の規模は、自分の味が守れるレベルであるべきだと思っているので。自分のお店を大きくしたいからやっているわけではなくて、おやきというものを県外の人に食べてもらいたいという、それだけなんです。そのためにおいしいおやき、安全なおやきをみんなで作っていきましょうというコンセプトに基づいてこの事業に関わり合っているので、みんなで頑張っておやきを広められればいいと思っています。だから県外への進出も、みんなで力を合わせてアンテナショップが出せるなら、それが一番いいなと考えてます。そこでいろんなおやきが食べられる、それが楽しみでお客さまに来ていただけるようなお店だったら絶対に出したいですね。<br />
ただ、おやきはその日につくったものじゃないとおいしくないんです。でも、その日につくったものをその日に持って行って県外で販売するのはほとんど不可能です。その障害を超えるにはどうしても冷凍になるんですが、冷凍障害のおこりやすいおやきが多いことが問題で、冷解凍技術をもっと向上させないと県外には進出できません。これも今回の事業の課題の一つとして、クリアしていきたいですね。</p>

<p xml:lang="en" lang="en"><em>─おやきの目指す姿...どの郷土食のようになりたいと思いますか？</em></p>

<p xml:lang="en" lang="en" class="interviewcomment">それはやっぱり讃岐うどんでしょう！　四国新聞が讃岐うどんサイトの口コミサイトを作っていて、口コミ情報がきれいに入り込んでいるんです。それを目指しておやき調査隊をつくったんですけど、まだまだ赤ちゃんレベルです。<br />
テイクアウトできたり、手軽に食べたりすることができる郷土食ってあまりないんですよね。きりたんぽ鍋とか、ほうとうとか、ちゃんちゃん焼きとか。郷土食っていわれるものって"お料理"の部類に入ってきちゃうんです。たこ焼きみたいな感覚で食べていただける郷土食としてブレイクできたらいいかな。</p>

<p xml:lang="en" lang="en"><em>─おやきを買いに来るお客さまは女性が多いですか？</em></p>

<p xml:lang="en" lang="en" class="interviewcomment">ふきっ子のお八起に来られるお客さまでいえば、今は結構男性が増えましたね。今は女性7割、男性3割くらい。母の時代は1～2割程度で、おじいちゃんが買いに来る場合が多かったんですが、今はご夫婦で見える方がすごく多くなって。会社員の方がお昼に買いに来られることも増えました。</p>

<p xml:lang="en" lang="en"><em>─年代は少し高めなイメージがありますが。</em></p>

<p xml:lang="en" lang="en" class="interviewcomment">逆ですね、ふきっ子のお八起の場合は。昔うちのお客さまだったおじいちゃんおばあちゃんがお家から出られなくなってしまったりしているので、子供たちがおやきを買って持って行ってあげたり、自分たちでも食べてみようか、と。年代が移行しつつあります。現在では30～40代が圧倒的ですね。
</p>

<p xml:lang="en" lang="en"><em>─おやきの良いところは？</em></p>

<p xml:lang="en" lang="en" class="interviewcomment">栄養バランスが抜群です。片手で食べられるから手軽ですし。焼き蒸し、蒸し焼き、揚げ等、作り方もいろいろあるので食べ歩きも楽しいです。<br />

意外に思うかも知れませんが、海外の方が好きですよ。日本はお米文化だけど、海外は粉もの文化なんですよね。だからとっつきが良いみたいです。</p>

<p xml:lang="en" lang="en"><em>─県内の人に、また、県外の人にとって、おやきがどうなれば良いと思いますか？</em></p>

<p xml:lang="en" lang="en" class="interviewcomment">長野県人にとってはソウルフードであってほしいと思います。自慢してほしい。県外人には...朝食や夜食におススメです！と言いたい。手軽に食べることができるし、低カロリーで栄養はばっちり。そういうPRができますね。</p>

<p xml:lang="en" lang="en"><em>─今後県外で認知させていくための戦略は？</em></p>

<p xml:lang="en" lang="en" class="interviewcomment">とにかくいろいろなところで露出させていかないとダメですね。ずるいようですけど、メディアに乗るのが一番かなと思います。<br />
最近、「良くテレビに出てるわね」、「最近おやきブームじゃない？」といわれるようになってきました。そういう意識を地元の方々も持ち始めているというのは、きっかけ作りとして成功していると思うんです。
同じように、この事業の中で県外の人にもメディアを通じてどんどんPRしていく、その機会を作って、認知してもらうしかないと思っています。</p>

<p xml:lang="en" lang="en"><em>─ご自身の店舗はネットショップもあるようですが、反応はいかがですか？</em></p>

<p xml:lang="en" lang="en" class="interviewcomment">お店をPRしていくには第一に良い商品を作りあげることが大切ですが、その商品をPRするツールということでホームページを立ち上げ、ブログも毎朝書いています。そういうことを地道にコツコツと積み重ねている間にメディアの方が取り上げてくださって。頑張ってきた甲斐はあったなと思います。<br />
ネットショップを立ち上げた頃は1ヶ月に5～6件注文があれば良い方だったんですが、今は1日3～4件入ります。3月に中部地方のお取り寄せグルメ番組で紹介されたときは、1日120件！　県外のお客さまが見るツールといったらホームページしかない。サイトを使ってどんどん発信していくことに今はとても手ごたえを感じています。</p>

<p xml:lang="en" lang="en"><em>─おやきは長野の食べ物ですけど、県外ニーズもあると。</em></p>

<p xml:lang="en" lang="en" class="interviewcomment">3月の番組がきっかけで1回目の注文をくださった方々が、リピートでどんどん戻っています。中部地方からの2回目の注文が今すごいことになっていて、在庫ゼロの状態なんです。
県外の、初めておやきを食べる方に向けて、送料込・全国一律2,100円で12個入りのお試しセットを赤字覚悟で販売しています。それ1回で終わってしまうんだったらこんな赤字のセットは絶対に販売しません。お客さまが戻ってきてくださるという自信があるんです。</p>

<p xml:lang="en" lang="en"><em>─ブログ等で情報発信していく上で気をつけていることはありますか？</em></p>

<p xml:lang="en" lang="en" class="interviewcomment">誹謗中傷になるようなことは絶対に書かないということです。自分のことはどんなにバカみたいなことを書いても、お店のことやお客さまのことはある程度気を使っていますね。でもそのくらいかな。<br />
お客さまから注意を受けたことやコメントいただいたことを素直にブログにのせると、それに対する反響も結構あるんですよ。「きちんと正直に打ち明けてるのって素晴らしいと思います」とおっしゃっていただいたりして。</p>

<p xml:lang="en" lang="en"><em>─もともとパソコンは利用していたんですか？　今はどのくらい利用していますか？</em></p>

<p xml:lang="en" lang="en" class="interviewcomment">会社員時代は、パソコンがないと仕事ができないような状態でしたので、パソコンには日常的に触れていました。かえって見ないと不安です（笑）。
今は朝3:30くらいから1時間程度、仕事とブログと個人的なメールをしています。夜は帰ってから仕事で30分程度ですね。</p>

<p xml:lang="en" lang="en"><em>─では最後に、今後の目標を教えてください。</em></p>

<p xml:lang="en" lang="en" class="interviewcomment">いろんなおやき屋さんを束ねたサイトを作りたいんです。そこではいろんなおやき屋さんのおやきが同梱で全部買えちゃう。それができたらおやきは数段レベルアップできるし、認知度も広がるんじゃないかなと。先日、おやき事業者さんたちの会議で言ったら現実的な理由で却下されちゃいましたけど、でも絶対にやりたい！<br />
そういうことのためにも組合があったらいいなと思いますね。みなさんから少しずつ出していただいたお金にプラスして、ショッピングサイトの売り上げの何％かを組合の方に還流していただけば、それで運営できると思うんです。組合も潤うし、事業者さんの手間も省ける。実現はいつになるかわかりませんけど（笑）。</p>

<p xml:lang="en" lang="en"><em>─ありがとうございました。</em></p>

<p><a href="http://www.shinshu-oyaki.jp/" target="_blank"><img src="/interview/img/i_21koide3.jpg" alt="信州おやき調査隊｜おやきの人気店調査・口コミ情報サイト" /></a></p>
<br />
<p><a href="http://www.fukikko-oyaki.com/" target="_blank"><img src="/interview/img/i_21koide2.jpg" alt="ふきっ子のお八起" /></a></p>
]]>
        <![CDATA[<h2 xml:lang="en" lang="en"><em xml:lang="en" lang="en">Profile</em></h2>

<p xml:lang="en" lang="en">小出陽子[Yoko Koide]<br />
おやき屋<br />
url : <a href="http://www.fukikko-oyaki.com/" target="_blank">ふきっ子のお八起</a><br />
<a href="http://www.shinshu-oyaki.jp/" target="_blank">信州おやき調査隊｜おやきの人気店調査・口コミ情報サイト</a><br />
</p>

<p xml:lang="en" lang="en">
1959年長野市生まれ。長野市在住。高校卒業後28年を経て、母のおやき屋を継ぐため長野に舞い戻る。2006年「ふきっ子のお八起」として開業。2008年「合同会社ふきっ子のお八起」設立。自身がおやき好きでなかった経験から「おやきは野菜を小麦粉で包んだもの」をコンセプトに新しい味のおやきを追求しつつ、守るべき郷土の味も育てている。傍らライフワークとして2005年より自宅にて郷土料理を主とした「小さな和み料理教室」主宰。2008年からは「信州おやきブランド化事業」研究会リーダーとして、信州おやきの知名度向上のため転げ回る日々。長野市食育審議会委員。
</p>
]]>
    </content>
</entry>

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    <title>20 長峯亘</title>
    <link rel="alternate" type="text/html" href="http://idnagano.net/interview/2009/05/20.php" />
    <link rel="service.edit" type="application/atom+xml" href="http://idnagano.net/cgi-bin/mt/mt-atom.cgi/weblog/blog_id=2/entry_id=384" title="20 長峯亘" />
    <id>tag:idnagano.net,2009:/interview//2.384</id>
    
    <published>2009-05-08T01:06:54Z</published>
    <updated>2009-05-25T09:13:29Z</updated>
    
    <summary></summary>
    <author>
        <name>id=Nagano事務局</name>
        
    </author>
    
        <category term="Writer" />
    
    <content type="html" xml:lang="ja" xml:base="http://idnagano.net/interview/">
        <![CDATA[<h5><img src="/interview/img/i_20nagamine1.jpg" class="interviewph" alt="長峯亘" /></h5>
<div class="profile">
            <p xml:lang="en" lang="en">『走り出したくなるようなモノを作ろう』という信念のもと、さまざまな手法で“表現”を提供するクリエイティブチーム<a href="http://jogga.jp/" target="_blank">jogga（ジョッガ）</a>の代表を務める長峯亘氏。昨年、拠点を東京から長野市に移してもなお、全国区での活動を続けている長峯氏にお話を伺いました。</p>
<p xml:lang="en" lang="en">インタビュアー／坂田大輔　写真／ハラヒロシ　編集／志村純子 </p></div>


<p xml:lang="en" lang="en"><em>─さまざまな手法で“表現”を提供する…具体的にはどのようなことですか？</em></p>

<p xml:lang="en" lang="en" class="interviewcomment">ライティング、映像企画・制作、ディレクション、Webプランニング等をjogga（ジョッガ）という屋号でやっています。スタッフが4人いて、それぞれ個人で活動するイラストレーター、コピーライター、ミュージシャン。僕がメインで、クリエイター兼営業みたいな感じです。
それらのジャンルでさまざまな表現を提供していますが、本当にまんべんなくやらせていただいていますね。アニメ、ラジオドラマ、コントなどの脚本を書かせてもらったり、コピーなどライティング全般、Webで流す映像の制作、キャンペーンサイトの提案などです。<br />
クライアントは今はほとんど東京ですが、大阪や京都でもお仕事をさせていただきました。最近だと大きなところで、マクドナルドさんのお仕事もさせていただきました。

</p>

<p xml:lang="en" lang="en"><em>─joggaをスタートしたのは？</em></p>

<p xml:lang="en" lang="en" class="interviewcomment">一年前ですね。</p>

<p xml:lang="en" lang="en"><em>─前職を辞めるときにはjoggaの準備を整えていたんですか？</em></p>

<p xml:lang="en" lang="en" class="interviewcomment">若い頃から「いずれ独立したいな」という思いがあって、なるべく就職したくなかったんです。結構フラフラしていて、バイトしたり派遣社員だったり。そんな生活を数年やっていました。番組のADをやったり、ゲーム会社でアシスタントやってみたり。いわゆるちょっとクリエイティブな仕事を、転々としていましたね。会社に入るよりは自分で勝手にやりたいなと思っていましたけど、現実はそうもいかないので、フラフラしてる自分を見かねた友達が「うちの会社受けてみたら？」と（笑）。それがスポーツ専門放送局でした。
</p>

<p xml:lang="en" lang="en"><em>─スポーツ専門放送局ではどんなことを？</em></p>

<p xml:lang="en" lang="en" class="interviewcomment">番組編成や放送運行、番組企画などを担当していました。とはいえ「人が足りないからWebやってみない？」、「フリーペーパーが流行っているからやってみない？」といった、部署なんて関係ない、ごちゃごちゃな時代があって。会社という組織にいながらみんな独立して動いているという雰囲気がすごく楽しかったんです。Web、モバイル、フリーペーパー、番組ディレクター等、さまざまな経験をしましたね。でも数年前に合併など色々とあって、ちゃんとした人が増えてきた頃から、なんか普通の会社になっちゃったなぁって（笑）。</p>

<p xml:lang="en" lang="en"><em>─独立に踏み切るきっかけは、何かありましたか？</em></p>

<p xml:lang="en" lang="en" class="interviewcomment">タイミングがバチっと決まったんです。ずっとサラリーマンをやりながらいつ独立しようかと思っていたんですが、やっぱり日々の仕事があるじゃないですか。<br />
部署の移動があってバタバタと忙しくなって、そのあと不意に2日間ほど何もやることのない日があったんです。奇跡的に。「あ、今だ！」と。友達がwebの制作プロダクションでバイトしていたので「誰でもいいから会わせてくれ」とお願いしました。そのときは特に何があったって訳ではなかったんですけど、翌月くらいに「そういえばライティングの仕事あるよ」と言われて。あぁ、やっぱりタイミングは今だなぁと思って、その直後に辞めました。
</p>

<p xml:lang="en" lang="en"><em>─joggaの仕事は、今までとは違う仕事になるわけですよね？</em></p>

<p xml:lang="en" lang="en" class="interviewcomment">そうですね。フリーペーパーで文章を書いていたとはいえ、素人みたいなものですし。ただ、構成作家のバイトをしていたことがあったので、そのあたりの過去の履歴で営業をかけていました。<br />
「こういうことできるの？」って言われたらとりあえず「できます」って全部言ってたんです。「何でもできます」って（笑）。
</p>

<p xml:lang="en" lang="en"><em>─独立後の、最初の仕事は？</em></p>

<p xml:lang="en" lang="en" class="interviewcomment">とあるモデルさんの、インタビュー記事を書かせていただきました。インタビュー記事なんて書いたことなかったんですけど（笑）。<br />
それっぽく書いたら「面白いね」という話がクライアントさんからあったようで、それからサイトのライティング全般をやってもらえませんか？　という話になりました。良い意味での“はったりの重要性”を感じましたね（笑）。
</p>

<p xml:lang="en" lang="en"><em>─その頃には仕事においてjoggaの特徴的なものが出てきていたんですか？</em></p>

<p xml:lang="en" lang="en" class="interviewcomment">たぶん、そうですね。プロダクションというつもりは全然なくて、「これってjoggaがやったんだね」と言われるような仕事を1年目から意識していましたね。クライアントさんによってはもっと普通に見せたいということもありましたが「そうであれば僕たちがやる必要はないですね」と強気のこととかを言っていて。<br />
そういうのもやっていたらもっと（金銭的に）潤ってはいるんですよ、やっぱり。それでも「っぽいね」という、あんまり刺さる人はいないけれど刺さった人がぶっ倒れるくらいのことをやりたいねという話を常に映像ディレクターとしていて。<br />
クライアントにとっては扱いにくいと思います。映像ディレクターは前職の同僚で一緒に番組を作ったりしていたんですけど、まぁウケなかった、正直。延々ハトの映像を流して、いつ飛ぶかという超能力番組のような、永遠と土鳩が映っているだけの番組を作ったりしてましたから…。でもそれが刺さるクライアントさんもやっぱりいるんですよね。

</p>

<p xml:lang="en" lang="en"><em>─クライアントにやりたいことを伝えるときはどんな感じですか？</em></p>

<p xml:lang="en" lang="en" class="interviewcomment">しゃべっていて自分が笑っちゃう、みたいな（笑）。中身は後付けで、しゃべってクライアントさんを笑わせてる雰囲気ですね。内容は「追々」（笑）。</p>

<p xml:lang="en" lang="en"><em>─作品のキーは”笑い”ですか？</em></p>

<p xml:lang="en" lang="en" class="interviewcomment">がっつりお笑いみたいなことにはしていないです。「ふっ」みたいな、鈍痛にも似た笑い（笑）ですね。</p>

<p xml:lang="en" lang="en"><em>─joggaっぽさを大切にしていますが、同時にクライアントからの要望に応じることは可能ですか？</em></p>

<p xml:lang="en" lang="en" class="interviewcomment">きちんと対応したいなとはもちろん思いますが、ごちゃごちゃになってつまらないかなと思ったら僕の段階で止めてしまって、クライアントさんととことん話し合いますね。<br />
最初は盛り上げて、そのあとでじっくり話し合っています。電話よりは直接会って。自由にやっているようで遠くにはちゃんと囲っている“サファリパーク状態”はずらさないようにしています。

</p>

<p xml:lang="en" lang="en"><em>─“表現”の提供は、ニーズと金額のバランスが難しいのでは？</em></p>

<p xml:lang="en" lang="en" class="interviewcomment">仕事は言われた金額で、その中でできることをやります。担当者や商品が好きであれば、やらせてもらえればいいかなって。<br />
 “人が好き”というところを大事にしています。見た目が好きだとか、メシ食いに行きたいやつだとか、そういうのが僕の中で重要なところです。<br />
マクドナルドは昔から大好きですが、例えばその担当さんが僕にとって面白いと思えない人だったら、マックの仕事もやっていなかったと思います。どんな人とするかというところが重要。クライアントさんにも爆笑してもらいたいんです。
</p>

<p xml:lang="en" lang="en"><em>─joggaらしさって、最初からあったものですか？</em></p>

<p xml:lang="en" lang="en" class="interviewcomment">クライアントワークばかりになってしまって、チームでやっている意味があるのかと考える時期がありました。そのときに、みんなで映画を作ったんです。脚本、演出、イラスト、音楽、ナレーション全部チーム内で完結させて。映画祭に出品して4位という比較的良い評価をいただきました。<br />
僕たちが一緒にやることって結局こういうことなんじゃないかと。クライアントワークを一生懸命やりながらも、表現もちゃんと一緒にやっていこうねと確認するきっかけになりましたね。
</p>

<p xml:lang="en" lang="en"><em>─メンバーはみなさん、仲が良いんですね。</em></p>

<p xml:lang="en" lang="en" class="interviewcomment">普段は全然会っていないんですよ。メンバー同士まだ会ったことのないメンバーもいますし（笑）。
僕が、それぞれのメンバーを人として好きだったんです。たまたまイラストが描けたり、たまたま音楽をやっていたり。だったら一緒にやろうぜ、と。バンドやろうぜ！みたいなノリですよ。
</p>

<p xml:lang="en" lang="en"><em>─会ったこともない状態で、クオリティのバランスは？</em></p>

<p xml:lang="en" lang="en" class="interviewcomment">奇跡なところがあって、何かをみて「これってうちっぽいよね」というメールのやり取りをたまにするんです。「ぽいよね」、「うん、ぽいぽい」みたいな。向いている方向は同じかなという感じがあります。そういったトーンは、僕は総合的に見てるんですけど、間違ってないなと。
</p>

<p xml:lang="en" lang="en"><em>─joggaのコンセプト“ウキヒャホーィ！　言いながら走り出したくなるような感覚”とは？</em></p>

<p xml:lang="en" lang="en" class="interviewcomment">遠足に行くときとか、おじいちゃんに会いに行くときの子供の変なテンションというか、何か知らないけどすげー盛り上がるみたいな。何か知らないけどいい気分になったとか。そういうところを目指しています。</p>

<p xml:lang="en" lang="en"><em>─長峯さんはどんなときに“ウキヒャホーィ！”と感じますか？</em></p>

<p xml:lang="en" lang="en" class="interviewcomment">いろんな人に会ったときですね。何か面白いねって思えたときって、どんな小説を読んだときよりもどんな映画を見たときよりも面白くないですか？　こんな人、いるんだ～って。</p>

<p xml:lang="en" lang="en"><em>─人が好きなんですね。</em></p>

<p xml:lang="en" lang="en" class="interviewcomment">そうですね。たとえばお付き合いしている代理店はスタッフが好きだったりとか、結局そこなんですよね。
いろんな人と会いたいと思っているんです。でも実はすごい人見知りなんですよ。34歳で人見知りなんてどうかと思いますけどね（笑）、あんまり得意ではないんです。
</p>

<p xml:lang="en" lang="en"><em>─去年長野に越してきたということですが、長野を拠点にした理由は？</em></p>

<p xml:lang="en" lang="en" class="interviewcomment">家賃が安かったから（笑）。もちろんそれだけじゃないですけど。</p>

<p xml:lang="en" lang="en"><em>─出身は松本市ですよね。長野市に決めた理由はありますか？</em></p>

<p xml:lang="en" lang="en" class="interviewcomment">何度か下見に来たんですが、長野市で街を歩いている若者が、とんでもない組み合わせの服を着ているんだけれど何かおしゃれだと感じたんです（笑）。いろんなお店でパーツを集めて、それを組み合わせておしゃれしているんじゃないかなって。工夫している様がかわいらしく思えて、もしかしたらいい街かもねと思えたんです。松本市と長野市で検討していたんですが、長野市だな、と。正解でしたよ。<br />
残念なのはおいしいハンバーガーに出会えてないことくらいです。本当、長野市、いいですよね。

</p>

<p xml:lang="en" lang="en"><em>─長野で活動することのデメリットはないですか？</em></p>

<p xml:lang="en" lang="en" class="interviewcomment">何もないですね。大成功です。去年の12月に引っ越してきたんですけど、ちゃんと仕事するようになったんですよ（笑）。<br />
東京には“東京時間”みたいなものがあって、常にドキドキしていたんです。何か見なきゃ、何かやらなきゃみたいな、分刻みのような感覚があって。明け方まで起きていて、寝て起きたら昼過ぎという、すごく効率の悪い生活をしていました。<br />
長野には“長野時間”がありますよね。コピーライターの秋山晶さんは午前中しかものを書かないと読んだことがあるんです。午後は犬と遊んだりして過ごして、夜にもう一度書いたものを見直して一日の仕事は終わり。そう書いてあって、なんかいいな、と。そういうことをやろうと思う余裕ができましたね。

</p>

<p xml:lang="en" lang="en"><em>─今の、一日のライフスタイルはどんな感じですか？</em></p>

<p xml:lang="en" lang="en" class="interviewcomment">8時半頃起きてすぐに仕事します。夜は2時、3時ですかね。あ、絶対昼寝をします。昼寝の時間をとりたいから早く起きる（笑）。<br />
仕事は午前中にすべて終わらせるのが理想で、午後はjoggaで何か表現しようという気持ちがあるので、自分の時間にあてたいと思っています。

</p>

<p xml:lang="en" lang="en"><em>─情報はどこで収集していますか？</em></p>

<p xml:lang="en" lang="en" class="interviewcomment">本は読みますね。何でも読みます。ひとつのジャンルや作家に特化してしまうと、他のところに宝があるような気がしちゃって。<br />
あとはネットと図書館ですね。最近良く見ているのは企業のプレスリリースです。見ていると流行っているものや流行らそうとしているものがぼんやり見える。おすすめです。
</p>

<p xml:lang="en" lang="en"><em>─最後に、将来の夢を教えてください。</em></p>

<p xml:lang="en" lang="en" class="interviewcomment">もっと書きたいですね。今もそこそこの分量のライティングをさせていただいているなと思うんですが、今まで書くって何だろうなんて考えたことなくて。勢いで書いたものが面白いと言われたりすることもあるんですが、そういうことじゃないんじゃないかなと最近思うようになりました。文章の構成力だったり、編集力だったりという、いろんな要素だと思うんですよね。どの力を強めるとどういう文章になるのかとか…ちゃんと向き合いたいなと。<br />
勢いがある文章が好きなんですけど、勢いだけで書いているようにみせて実はものすごく緻密なプロットの上に成り立っている、みたいなことにしたいです。そのためにはちゃんと向き合わないとダメかなと思っています。<br />
あと、パクられたいです。文章とか、映像のやり方とか。パクられてるなとほくそ笑む（笑）。お手本とか見本ってモンじゃないですけど、自分のものを面白いと思って、また別の形にしてもらうってすごくいいなと思っていて。パクリって言ってしまうと下品ですけど、自分の書いた文章を元にしてこういうことをやっているという人がいると思うとうれしくなるかもしれないですね。

</p>


<p xml:lang="en" lang="en"><em>─ありがとうございました。</em></p>

<a href="http://jogga.jp/" target="_blank"><img src="/interview/img/i_20nagamine3.jpg" alt="jogga" /></a>]]>
        <![CDATA[<h2 xml:lang="en" lang="en"><em xml:lang="en" lang="en">Profile</em></h2>
<p xml:lang="en" lang="en">長峯 亘[Wataru Nagamine]<br />
Writer<br />
url : <br />
<a href="http://jogga.jp/" target="_blank">jogga*創意工夫制作チーム・ジョッガ*</a>
</p>



<p xml:lang="en" lang="en">
1975年長野県松本市生まれ。スポーツ専門放送局を経て、2008年に独立。クリエイティヴチーム・jogga（ジョッガ）主宰。映像・文筆・イラストなどさまざまな手法で創作活動を行う。<br />
高橋酒造『shiritori-ring』（第7回東京インタラクティブ・アワード銅賞）/日本マクドナルド『ほぼ週刊クォーターパウンダーニュース』/ソニーマーケティング『BLUE STADIUM』
など企業サイトでのライティング、プランニングのほか、総合格闘技『戦極』の映像制作、アニメ『JIDOU SPORTS』の脚本など幅広く暗躍中。
</p>

<h2 xml:lang="en" lang="en"><em xml:lang="en" lang="en">Favorite site</em></h2>
<ul xml:lang="en" lang="en">
<li><a href="http://tkyw.jp/" target="_blank">トーキョーワッショイ</a></li>
<li><a href="http://www.washizukami.com/" target="_blank">かもめデザイン</a></li>
</ul>]]>
    </content>
</entry>

<entry>
    <title>19 草間淳哉</title>
    <link rel="alternate" type="text/html" href="http://idnagano.net/interview/2008/11/19.php" />
    <link rel="service.edit" type="application/atom+xml" href="http://idnagano.net/cgi-bin/mt/mt-atom.cgi/weblog/blog_id=2/entry_id=370" title="19 草間淳哉" />
    <id>tag:idnagano.net,2008:/interview//2.370</id>
    
    <published>2008-11-11T04:54:56Z</published>
    <updated>2009-05-25T09:13:50Z</updated>
    
    <summary></summary>
    <author>
        <name>id=Nagano事務局</name>
        
    </author>
    
        <category term="Web Consultant" />
    
    <content type="html" xml:lang="ja" xml:base="http://idnagano.net/interview/">
        <![CDATA[<h5><img src="/interview/img/i_19kusama1.jpg" class="interviewph" alt="草間淳哉" /></h5>
<div class="profile">
            <p xml:lang="en" lang="en">ユーザー数を着実に伸ばし、オンライン・オフラインともに盛況な動きを見せる長野県地域ブログポータルサイト『<a href="http://www.naganoblog.jp/" target="_blank">ナガブロ</a>』の運営者、草間淳哉氏。物販アフィリエイトで月間売上全国5位獲得の経験を生かし、今春、Webコンサルタントとして株式会社ウェブエイトを起業。11月22日に開催される『<a href="http://www.21cnbc.jp/news/info.php?id=37" target="_blank">WEB MEETING 2008 in MATSUMOTO</a>』ではパネリストとして登場する草間氏にお話を伺いました。</p>
<p xml:lang="en" lang="en">インタビュアー／坂田大輔　写真／ハラヒロシ　編集／志村純子</p></div>


<p xml:lang="en" lang="en"><em>─『ナガブロ』はとても好調のようですね？ </em></p>

<p xml:lang="en" lang="en" class="interviewcomment">おかげさまで『ナガブロ』は現在約2500ユーザー、月約390万ページビュー（先月）となりました。ポータルサイトのアクセス数を調べると、長野県では『信毎Web』さんに続いて2番目ぐらいです。1日約400の記事が上がっています。<br />
僕は管理を担当しています。運営者の“色”をあまり出したくないので、誰が運営しているかわかりづらいようにしています。その方がユーザーに楽しんでもらえるので。<br />
「ウェブエイトの草間です」と挨拶しても「？」という人が多いですけど、「ナガブロの草間です」というと「ああ、ナガブロの」と言っていただけますね。 </p>

<p xml:lang="en" lang="en"><em>─ご自身のWebとのかかわりは、いつ、どんなきっかけで？ </em></p>

<p xml:lang="en" lang="en" class="interviewcomment">大学を卒業して入社したのが松本市のソフトウェア会社で、当時はパソコンすら持っていませんでした。最後の1～2年はプロジェクトマネージャーとして部下もたくさんいましたが、土日もなく毎日残業。妻が妊娠したときに負荷をかけちゃったんですね。それで辞めて、まったく関係のない医療系の会社に入ったんです。<br />

その会社は定時退社で、給料もガクっと落ちて（苦笑）。SEの時とは正反対で物足りなさも感じていて、モチベーションをあげるためには収入が入るものの方がいいかなと思って、いまから3年くらい前、会社に勤めながら夜な夜な、レンタルブログ（seesaaブログ）でアフィリエイトをはじめました。2005年の10月ですから、スタートは早くはないですよね。</p>

<p xml:lang="en" lang="en"><em>─アフィリエイトで成功するまでのプロセスがとても気になります。</em></p>

<p xml:lang="en" lang="en" class="interviewcomment">しんどかったですよ？（笑）最初はブログで情報を発信するのが楽しかったんですよね。「今日はこういうことを勉強してこんなことを知った」という普通の日記からはじめて。最初の3ヶ月くらいは、何にも収入なかったです。3ヶ月よく続けたなと思うんですけど（笑）。4ヶ月目ぐらいにやっと千円くらいの収入があって、それが初めて銀行に振り込まれて「わぁ、本当に振り込まれた」と（笑）。<br />
次は1万円くらい、その次は3万円、5万円、7万円…とだんだん増えていって、いつの間にか給料超えるようになっていたっていう。</p>

<p xml:lang="en" lang="en"><em>─どんなブログをやっていたんですか？ </em></p>

<p xml:lang="en" lang="en" class="interviewcomment">アフィリエイトを初めてやる人にとっては、一週間勉強してブログにすればそれだけでノウハウブログになるんですよね。情報が蓄積されてきたので、初心者向けに『一週間で完成、アフィリエイトブログ」みたいなものを作ったんです。アフィリエイトとは？というブログはあったけれど、初心者向けのものはなかったので、それが当たって。『人気ブログランキング』のアフィリエイト部門で、半年くらい1位になったんです。そのブログだけで30万円くらい稼げるようになっていました。稼ぎ重視でやっていなかったのでいい情報が蓄積されて、そこにアフィリエイトリンクを貼った、という形なんですけど。<br />
以降はいろんなサイトを量産するようになって。作ったブログ数は把握してないですけど、100は下らないですね。ひょっとしたら1000とかはいっちゃうかな？最高で月100万円ちょっとです。今はあまり管理できていないので金額は下がりましたが、収入は入ってきています。</p>

<p xml:lang="en" lang="en"><em>─物販アフィリエイトで月間売上全国5位になったということですが、どのような取り組みをしたのですか？ </em></p>

<p xml:lang="en" lang="en" class="interviewcomment">普通にブログやってリンク貼って…では、ほとんど（収入は）上がらないです。仕組みを考えなくちゃいけない。勉強がてら、アクセスを集めるためにいろんな情報を書きましたね。話題性があるけれどあまり書いていない情報とか。ネタはRSSをざっとチェックして新しい情報を探して、調査しながら、研究しながら、でした。当時は1日2～3時間やってましたね。<br />
コツは…流行るブログを作ること。お金重視だとコケちゃうんで、いかに見てくれる人に喜んでもらえるかということを考えて、後から仕組みを付ければいい、という感じですね。稼ごう！という感じは見え見えになってしまいます。 </p>

<p xml:lang="en" lang="en"><em>─コツをつかんでからは、短時間で思い通りに収入を得ることができますか？</em></p>

<p xml:lang="en" lang="en" class="interviewcomment">いや、喜んでもらえるものは一晩では無理なので、結局時間はかかりますね。でもどうやったら喜んでもらえて、自分にも収入が入るか、というのはわかったので、あとは時間をかけて。<br />
10万稼ぐには半年以上かかりました。</p>

<p xml:lang="en" lang="en"><em>─今は以前ほどアフィリエイトをしていないんですよね？それはなぜですか？</em></p>

<p xml:lang="en" lang="en" class="interviewcomment">当時、物販アフィリエイトでかなり売上を上げていたんです。それこそ月に何百万という売上を。でも間に入っているASP業者に持っていかれると2～30万という収入になってしまうので、それだったら直接企業と契約を結んだ方が報酬もいいし、企業にもいろいろなアドバイスもできる。ということで、フリーでコンサルティングをはじめました。<br />
物販アフィリエイトに力を入れるようになってSEOやSEMに強くなったというか、だいたいこれくらいの検索数でこういったものだったらこういう形でどれくらい売れる、というものが経験値として備わってきて、それが企業に対してのコンサルティングという形でできるようになってきたのです。そこからだんだんアフィリエイトの方はやらなくなっていったんですよね。顔見て話ができるし、売上が上がれば喜んでもらえるし、そっちの方がわかりやすい。コンサルティングは成果報酬なので喜んでもらえたし、他にやっている人が少なかったのでこれをやっていこう、と。 </p>

<p xml:lang="en" lang="en"><em>─今年の4月に起業されたそうですね。</em></p>

<p xml:lang="en" lang="en" class="interviewcomment">去年9月に退職し、アフィリエイトのノウハウを生かしてフリーランスでコンサルティングを始めたのですが、対企業の案件が多くなってきて株式にした方がいいかなと。今はコンサルティングのみでなくサイト制作も手がけていて、スタッフ3人でやっています。<br />
僕はプロデューサーとしてお客さんの顧客定義から始まって、デザイナーやディレクターにアウトプットして仕上げていきます。納品、メンテナンス等はまた僕の仕事になります。</p>

<p xml:lang="en" lang="en"><em>─コンサルティングというと、実績が気になるところですが。 </em></p>

<p xml:lang="en" lang="en" class="interviewcomment">某そば屋さんでは月20～30万円から2ヶ月で140万円に。某アパレルでは月20万円から半年で100万円という売上を達成しています。<br />

最近は自分でサイトを運営して事例を作っていこうと考えています。在庫を抱えず、受注だけして契約業者に流すシステム。このやり方だと自分で自由にサイトを作ることができて伸ばせます。そうするとひとつ事例ができ、お客様に対しても具体的な事例の説明ができる。コンサルティングだとクライアントが忙しかったり制作に対する知識の問題もあってなかなか伸ばすことが難しいので、自分でやってしまおうと。長野県の製造業もとても良い技術を持っているけれど、下請けが多いので営業があまり得意ではありません。そういうところに対してもひとつ事例をつくりたいなと思っています。なかなか信じてもらえないんですよ、いくら言っても。だったら自分でやっちゃった方が早い。事例を作っちゃえ！と。</p>

<p xml:lang="en" lang="en"><em>─まだまだ長野ではWebを使って効果を出そうという意識の高い人が多いとは思えないのですが、コンサルタントの需要は高まっていますか？ </em></p>

<p xml:lang="en" lang="en" class="interviewcomment">「ホームページを作ってくれないか」ということからお話がスタートすることも多いですが、その時点で話しますね。「ただ作るだけじゃ意味ないです」とお伝えします。<br />

コンサルティングを求めてくださる方もいらっしゃいますよ。ネットショップは成果報酬制にしているので、それが良かったんだと思います。ネットショップを作ったけれど売上が上がらないというところがほとんどなんですよね。ではどうすればいいか？というときに、さらに固定の追加料金がかかって売れるかどうかわからない、というのは厳しい。完全に成果報酬型というとお客さんも喜んでくれるんです。こっちも本気でやらないと収入上がらないですしね。<br />

もちろん、断る場合もあります。「店舗で売れ残っているから売ってくれ」といわれても、無理です。リアルで売れないものはネットでも売れません。「これを作ったから売ってくれ」という場合も、通常のマーケティングと同じでまず広告を打って知名度を上げていかないと売れません。<br />

最近は『ナガブロ』の引き合いでお仕事をいただくことも多いです。もう『ナガブロ』なしでは生きていけないです（笑）。</p>

<p xml:lang="en" lang="en"><em>─その『ナガブロ』ですが、はじめたきっかけは？</em></p>

<p xml:lang="en" lang="en" class="interviewcomment">ブログポータルをやるつもりではあったんですが、まだピンときていなくて（笑）。とある無料セミナーに参加し、そこで“地域ブログ”の話が出ました。「あ、これはやらなきゃいけないんじゃないか」というスイッチが入って、それから急ピッチで進みましたね。3年前にブログを始めて、その1年後には『ナガブロ』を始めるためのLLP（有限責任事業組合）ロングフィールドを設立していましたから。<br />
現在は2人で運営しています。日々立ち上がるブログをチェックして削除したり。縁の下の力持ちという感じです。最近は『ナガブロ弁当』をはじめいろいろなイベントが立ち上がっていますので、ブログ上だけじゃなく、いかにリアルにアウトプットするかが大事だと思っています。こちらから情報を発信したり、逆にブロガーさんたちが集まってくれたり。きっかけ作りみたいなものをやっています。 </p>

<p xml:lang="en" lang="en"><em>─バナー広告での広告収入等、運営面での取り組みは？ </em></p>

<p xml:lang="en" lang="en" class="interviewcomment">正直儲かってはいないです。赤字ではないですがうんと儲かるようなサイトではないです、楽しんでもらわなければ意味がないので。かといってNPOではなく営利団体なので、ある程度の運営費は稼がないといけない。<br />

営業はあまりしていませんが、普通のWeb広告よりも地域密着型で効果が高いと思っています。バナー広告そのもののクリック数というよりも、コミュニティサイトならではの口コミ効果が得られる。最近は広告のお問い合わせも増えています。<br />

また、最近『<a href="http://www.nagablohp.com/" target="_blank">ナガブロホームページ</a>』をはじめました。普通でしたらYahoo!やGoogleといった検索エンジン上からしかアクセスがありませんが、それにプラスして『ナガブロ』からもアクセスがある。以前からそういったお問い合わせがあったんですが、そろそろ大々的にやろうかな、と。結構評判です。 </p>

<p xml:lang="en" lang="en"><em>─ズバリ、『ナガブロ』の魅力って何でしょう？ </em></p>

<p xml:lang="en" lang="en" class="interviewcomment">あまりルールを作らずに自由にしていると、普通の人たちが面白いことをしてくれるんです。ゲストブログもありますが、ユーザーみんなが面白い。普通の人たちのブログの方がアクセスも多いですし。<br />

『ナガブロ』はブログポータルというよりはコミュニティサイトです。ブログはあくまでもツールで、そのブログを通じていかにリアルのコミュニケーションを図るかというところが目的です。<br />

『ナガブロ弁当』も8月くらいに始まって10月には販売。お弁当を販売する資格がないので、ナガブロで書いている飲食店の方の協力してもらってそこで作ってもらいました。ミーティングをすれば20代のお姉さんから60代のおじさんまで集まってニックネームで呼び合う。ナガブロをやっていなければ絶対出会うことがなかった人たちですよね。そこからイベントをやったり、商品が誕生したり…それが面白いところです、僕は人と関わることが好きなので。今度は松本の方でスイーツイベントをやろうかという話も出ています。とにかく一般の人の力がスゴイです。</p>

<p xml:lang="en" lang="en"><em>─『ナガブロ』の今後はどのようにお考えですか？ </em></p>

<p xml:lang="en" lang="en" class="interviewcomment">いかにリアルにアウトプットするかというところですね。今後のWebの展開でもあると思うんですが、普通の生活とWebが密着して、境目がなくなっていくと思うんです。名刺代わりにブログを紹介したり。『ナガブロ』もそんな形になっていくだろうなと。<br />

『ナガブロ』には広告表示機能でポイントの入る仕組みがあります。例えば楽天の長野県版のようなショッピングモールを作ってそのポイントを使えるようにして、ネットで貯まったポイントを地域のお店に落とし込むとか。美容室等の予約システムのようなものを加えていきたいなと思っていますし、イベント等ももっともっとやっていきたいです。もはやブログではないです（笑）。 </p>

<p xml:lang="en" lang="en"><em>─11月22日のフォーラム『<a href="http://www.21cnbc.jp/news/info.php?id=37" target="_blank">WEB MEETING 2008 in MATSUMOTO</a>』開催について教えてください。 </em></p>

<p xml:lang="en" lang="en" class="interviewcomment">『ナガブロ』もだいぶアクセスは上がっているものの、でもまだ市民権を得るまでにはいっていない。『N[エヌ]』とか、他にもいろいろな良いサイトってあるじゃないですか。だからひとつのサイトで頑張っても意味がないなと思い始めました。みんなに知ってもらうために、そういうサイトが集まったウェブイベントをやりたいなと思ったんです。そうはいっても経験がないので一人では難しい。そこで21世紀ニュービジネス協議会に松本でイベントをやりませんか？と提案して、ご協力をいただき今回実現しました。<br />

ハラさんにもパネリストとして出ていただきます。無料で参加できるんですが、<a href="http://www.21cnbc.jp/news/info.php?id=37" target="_blank">事前に申込が必要</a>ですので参加希望の方はぜひ申込をしてください。 </p>

<p xml:lang="en" lang="en"><em>─最後に、今後のWebについて、どうお考えか教えてください。</em></p>

<p xml:lang="en" lang="en" class="interviewcomment">Webはすごくない、と思っています。何度も言っていますが、Webはあくまでもツールであって、いかにリアルに生かすかだと思っています。 </p>


<p xml:lang="en" lang="en"><em>─ありがとうございました。</em></p>


<a href="http://www.naganoblog.jp/" target="_blank"><img src="/interview/img/i_19kusama2.jpg" class="interviewph" alt="ナガブロ" /></a><br />
<br />


<a href="http://www.nagablohp.com/" target="_blank"><img src="/interview/img/i_19kusama3.jpg" class="interviewph" alt="ナガブロホームページ" /></a>

]]>
        <![CDATA[<h2 xml:lang="en" lang="en"><em xml:lang="en" lang="en">Profile</em></h2>
<p xml:lang="en" lang="en">草間 淳哉[Junya Kusama]<br />
Webコンサルタント<br />
url : <br />
<a href="http://www.web8.co.jp/" target="_blank">株式会社ウェブエイト</a><br />
<a href="http://www.naganoblog.jp/" target="_blank">ナガブロ</a><br />
<a href="http://www.nagablohp.com/" target="_blank">ナガブロホームページ</a><br />
<a href="http://blog.web8.co.jp/" target="_blank">Jun8Style</a></p>



<p xml:lang="en" lang="en">
昭和52年8月26日生まれ。<br />
<strong>2001年</strong><br />
大学卒業後ソフトウェア会社に入社。十数人を従え、プロジェクトをまとめる。<br />
<strong>2005年</strong><br />
アフィリエイトを始める。Webマーケティングにのめり込む。<br />
<strong>2006年</strong><br />
1年あまりで、月間売上全国5位達成。2年あまりで収入は月間100万に達することも。<br />
<strong>2007年</strong><br />
長野県地域密着型ブログコミュニティサイト「ナガブロ」を立ち上げる。<br />
<strong>2007年</strong><br />
地元が好きで地元の企業に貢献しようと、アフィリエイトで培ったネットマーケティングのスキルを生かし、フリーのWebコンサルタントに転身。<br />
<strong>2008年</strong><br />
株式会社ウェブエイト設立。Webコンサルティング・Web制作を軸に事業展開。
</p>

<h2 xml:lang="en" lang="en"><em xml:lang="en" lang="en">Favorite site</em></h2>
<ul xml:lang="en" lang="en">
<li><a href="http://business.nikkeibp.co.jp/nmg/premium/index.html" target="_blank">日経ネットマーケティング プレミアム</a></li>
<li><a href="http://web-tan.forum.impressrd.jp/" target="_blank">Web担当者Forum</a></li>
<li><a href="http://kizasi.jp/" target="_blank">kizasi.jp:ブログから、話題を知る、きざしを見つける</a></li>
<li><a href="http://www.n-sns.jp/" target="_blank">N [エヌ] </a></li>
<li><a href="http://youkoso.city.matsumoto.nagano.jp/" target="_blank"><a href="http://www.web8.co.jp/" target="_blank">新まつもと物語</a></li>
<li><a href="http://digikura.jp/" target="_blank">信州デジくら</a></li>
<li><a href="http://matsumoto.keizai.biz/" target="_blank">松本経済新聞</a></li>
</ul>
</p>

<h2 xml:lang="en" lang="en"><em xml:lang="en" lang="en">Information</em></h2>
<p xml:lang="en" lang="en">
2008.11.22<br />
<a href="http://www.21cnbc.jp/news/info.php?id=37" target="_blank"><strong>WEB MEETING 2008 in MATSUMOTO</strong></a>で、講師とパネラーを務めさせていただきます。<br />
<br />

<a href="http://www.sbc21.co.jp/radio/matsutama/" target="_blank"><strong>SBCラジオ マツモト魂のネットショップコーナー</strong></a>に出演中</p>
]]>
    </content>
</entry>

<entry>
    <title>18 大本あかね</title>
    <link rel="alternate" type="text/html" href="http://idnagano.net/interview/2007/12/18.php" />
    <link rel="service.edit" type="application/atom+xml" href="http://idnagano.net/cgi-bin/mt/mt-atom.cgi/weblog/blog_id=2/entry_id=340" title="18 大本あかね" />
    <id>tag:idnagano.net,2007:/interview//2.340</id>
    
    <published>2007-12-27T11:36:06Z</published>
    <updated>2007-12-27T11:39:35Z</updated>
    
    <summary></summary>
    <author>
        <name>id=Nagano事務局</name>
        
    </author>
    
        <category term="Web Director" />
    
    <content type="html" xml:lang="ja" xml:base="http://idnagano.net/interview/">
        <![CDATA[<h5><img src="/interview/img/i_18omoto1.jpg" class="interviewph" alt="大本あかね" /></h5>
<div class="profile">
            <p xml:lang="en" lang="en">ウェブ制作者・ウェブ担当者・ウェブサイト運営者のための短期集中型ウェブ専門の学習塾、<a href="http://all-web.org/" target="_blank">allWebクリエイター塾</a>を主催する大本あかねさん。長野でも、NPO法人長野IT化推進センターで全5シリーズにわたり<a href="http://www.nitpc.org/webcreator/index.html" target="_blank">Webクリエイター養成講習</a>を開催し（最終回のWebマーケティング講座は2008年1月19日に開催）、地方でも積極的な開催を展開しています。Webクリエイターを養成するという視点で業界に寄与されている大本さんに、これまでの経緯や今後の展望についてお話を伺いました。</p>
<p xml:lang="en" lang="en">インタビュアー／id=Nagano</p></div>


<p xml:lang="en" lang="en"><em>─大本さんのこれまでの経歴を教えてください。</em></p>

<p xml:lang="en" lang="en" class="interviewcomment">地方のパッケージデザイン会社に勤めていましたが、1995年頃にウェブに興味を持ち独学で勉強しはじめました。その頃に知り合ったウェブデザイナーに「デザインのいろは」を勉強させてもらいました。</p>

<p xml:lang="en" lang="en"><em>─なぜallWebクリエイター塾をはじめようと思ったのですか？</em></p>

<p xml:lang="en" lang="en" class="interviewcomment">2003年の暮れに女性だけをターゲットにXOOPSを教える勉強会を開催しようと思ったのがきっかけです。その頃はCMSが注目され、XOOPSも同様に注目されていました。オープンソースで書籍も出ていたりするのですが、サーバーの環境などによってはスムーズにできないこともあり、慣れるまではちょっと敷居が高いものでした。
<br />
当初友人のウェブデザイナーと一緒にはじめたのですが、女性2名での講師ということもあり、またプログラム系は男性が強いイメージがあったので教えるのは女性限定にし、寺子屋的な感覚を入れて“塾”という名称を付けました。その頃のYahoo!の表示順序も意識して、はじめに「a」をつけ「all女性XOOPS塾」を誕生させました。
<br />
今の「allWebクリエイター塾」に変更したのは、Web標準でのサイト制作に焦点を定めたのと、男性の参加希望も多かったので面影を残しつつ改名しました。
</p>

<p xml:lang="en" lang="en"><em>─どのような講座をやっていますか？講師はどのような方ですか？</em></p>

<p xml:lang="en" lang="en" class="interviewcomment">単発講座になっていまして、1日でマスターできるように構成しています。私自身に短期間で効率よく勉強したいという気持ちがあったので、このような構成にいたしました。
<br />
講座の内容はウェブ制作者が必要なスキルに限定しているのですが、今ではバラエティに富んでいます。基本は「XHTML+CSS」「SEO対策」「Webディレクション」「アクセス解析」などを行っています。
<br />
今後は、ウェブ制作者という大きな括りでなく、ある程度限定したユーザーごとに必要なスキルが学ぶことができるように、より深い内容を行っていく予定です。
<br />
講師は現場で実際にプロとして活動されている方に依頼しています。またその中でも現場のノウハウを出していただける方で、なおかつ教える力を兼ね備えた方に依頼しています。

</p>

<p xml:lang="en" lang="en"><em>─Web講習のスタンスはどうでしょう？</em></p>

<p xml:lang="en" lang="en" class="interviewcomment">
基本的に、「現場で役立つ内容」や「持ち帰って使える内容」を組み込んでいます。ウェブの勉強ってウェブ上の情報だけでは解りにくい事や、リアルで教えてもらうと簡単な事ってたくさんあります。講師の方々が何日もかけて勉強した内容や現場でのノウハウを講座の内容に集約して教えていただいています。
<br />
気をつけている点として、単発の講座なので、どんな立場の方が入ってもわかるように体系的に構成している事と理解するために必要な知識や現場で役立たせるためのスキルが身に着くようにしています。</p>

<p xml:lang="en" lang="en"><em>─Webといっても範囲がかなり広いですよね。テーマを選ぶ基準はあるのですか？</em></p>

<p xml:lang="en" lang="en" class="interviewcomment">
基準は自分でしょうか？受講生の方にも「自分が勉強したい事を講師に依頼して教えてもらえれば良いからいいね！」的な事を言われたことがあります。まさにこれで、自分が勉強したいと思っている事なんでしょうね。</p>

<p xml:lang="en" lang="en"><em>─ひとつのテーマを定めて講習を開くまでに、結構時間がかかるのでは…</em></p>

<p xml:lang="en" lang="en" class="interviewcomment">オファーしてからの返事などもあるので講座によってさまざまですね。でも、実は私から積極的に講師依頼をした事ってあまりないんですよ。意外と講師をやりたい方ってご自分からでもPRしてくるので（笑）。
<br />
ちなみに、平均開催まで3ヶ月～半年くらいはかかってしまいますね。
</p>

<p xml:lang="en" lang="en"><em>─受講者の反応はいかがですか？</em></p>

<p xml:lang="en" lang="en" class="interviewcomment">大多数はご満足されて帰宅されます。その証もあってリピート受講される方が講座によっては過半数を上回ります。実際そのための努力もしていますが…。
<br />
でもその半分の方が持ち帰って本当に使ってもらっているのか？意識が下がってないか？などちょっと心配になる反面もありますが、アンケートでの感想が良いので良いのかな？と思っています。そのために「SwapSkills」という勉強会を1ヶ月に一度のペースで行っています。長野でも同様のことが言えると思うので、id=Naganoさんと長野IT化推進センターさんと一緒に勉強会などの企画ができればと考案しています。
<br />
あと、良く言われるのが「アットホーム」だねって。ネットだけでは解らない伝わらないのがこのあたりなのかも知れません。
</p>

<p xml:lang="en" lang="en"><em>─allwebの講座は、いま長野でもシリーズで開催されていますね。地方開催について、具体的にはどんな場所で、どのような思いから開催しているのですか？</em></p>

<p xml:lang="en" lang="en" class="interviewcomment">2003年当初でも「地方での開催はないのか？」などの話を受けていたのですが、実は会社勤めをしていたので、なかなか開催に焦げ付けなかったのが現状でした。<br />
独立した頃に長野の団体（長野IT化推進センター）様から依頼をいただき、2007年度はシリーズ化して講座を行っています。id=Naganoで編集などをご経験されている方が東京の講座に受講されたこともあり、長野での講座をid=Naganoのサイトで告知をしていただいたり、さらには長野の講座にも受講していただいたりと大変お世話になっています。<br />
2008年からは北海道、関西での開催を予定していて、地方の方とも交流を深めてウェブ標準やウェブの活用方法などの浸透を目指しています。どこに行ってもはじめのスタンスと同じように、勉強したいと思っている方のお役立てができればと思っています。
</p>

<p xml:lang="en" lang="en"><em>─東京と長野の受講生の違いはありますか？</em></p>

<p xml:lang="en" lang="en" class="interviewcomment">長野の講座を主催されている長野IT化推進センターさんでも良く聞かれる事なのですが、東京と地方での温度差は思っているより差がないように思います。<br />
確かに、東京ではパイが違うので優秀な方はたくさんいますが、全体的に差があるかといえばそうでもないように思います。事実、今回の長野の講座に参加された方は意識が高く、がんばっている方ばかりでした。逆に東京の方がいつでも受講できるなどの気持ちの余裕がスキルアップをさせていないように見受けられます。地方では東京ほどセミナーが多くないため、情報に乏しいとは思いますが、その分意識が高いのかな？と感じました。<br />
ちなみに長野の感想ですが、思っていたより魚介類もおいしく、受講生からいただいたりんごのおいしさや新幹線のホームの立ち食いなのにも関わらず、普通においしい蕎麦。なんと言っても東京では味わえない空気の綺麗さは格別です。長野は何度か足を運んでいるうちに、歳を取ったら住んでみたいと思えた良い街です。
</p>

<p xml:lang="en" lang="en"><em>─ありがとうございます（笑）。さて、今後やっていきたいことや、開催予定のテーマはありますか？</em></p>

<p xml:lang="en" lang="en" class="interviewcomment">今後は地方への展開を考えています。allWebの信頼と多くの人にallWebを知っていただくという事ですね。
<br />
テーマとしては、『今ある財産（知人）から新たなる信頼を築く。』です！<br />
かなり硬いですが…講師を中心に現在allWebを支持していたいだいている方に本当に感謝しています。支持していただいている方の期待に応え、allWebと多くの皆様の新しい出会いを広げていきたいと思っています。
</p>

<p xml:lang="en" lang="en"><em>─どんどん広がっていくといいですね。少し視点を変えて、大本さんの視点で、Webクリエイターに大切な要素は何だと思いますか？</em></p>

<p xml:lang="en" lang="en" class="interviewcomment">講師の方にも話を良く話しをするのですが、求めていることを汲み取る姿勢が大切だと思います。<br />
クライアントの応対はディレクターの仕事と思っている人は危険ですね。同じプロジェクトを組む上で完成作品の共通意識がなければ良いものなど生まれないからです。ですので、例えFlashクリエイターでもクライアントの要望を表現できるように汲み取る姿勢を持つべきです。<br />
どの仕事でもそうですが、業界では一般的な事を横並びで伝えても理解してくれません。クライアントの駄目だしなどをする事よりもクライアントが理解できるように話をする・教育する必要があるのだと思います。<br />
フリーの方は特にそうですが、提案・制作するにはそれなりの時間がかかるのでビジネスライクにする所はきちんとして、かつ落ち度のないようにすることも必要ですね！<br />
あと、大切な要素としては「強みを持つ」事です。ウェブクリエイター、デザイナーといっても行う業務は幅広くなっています。塾の講座もカリキュラムがこんなに多いのは必要なスキルが多くあるからです。一通りの知識を習得することも必要ですが、その中で自分だけができる事、得意な事を作っておくことが必要だと思います。可能であれば、信頼の置けるスキルを持った仲間がいれば尚ベターですね！

</p>

<p xml:lang="en" lang="en"><em>─今まであった人の中でこの人すごい！という人はいますか？</em></p>

<p xml:lang="en" lang="en" class="interviewcomment">たくさんいて書けないですね(笑）。最近は若者のがんばりに感銘を受けていますが、やっぱり初めて会ったウェブデザイナーさんが衝撃的ですね。初恋が忘れられないというのと同じかもしれません。（ちなみに、そのウェブデザイナーさんは女性です。）
</p>

<p xml:lang="en" lang="en"><em>─Web業界全体を見渡して、何か感じていることなどありますか？</em></p>

<p xml:lang="en" lang="en" class="interviewcomment">インターネットが一般化され便利になっていく一方で、文字だけでは感情が伝わりにくく、間違った認識をしてしまうことって良くあります。社会的にはイジメや中傷、さらには炎上なども切っても切れないのがネットです。
<br />
ネットだからこそ見えてくる事実もあると思いますが、相手が見えない状態なのにも関わらず経験を積んだ方と積んでない方の言葉の重みが一緒くたになっている感じがあります。私たちウェブ制作に関わっている人はこれらの事まで想定して制作をする必要があるのだと感じます。
</p>

<p xml:lang="en" lang="en"><em>─Web業界で注目している動きは？</em></p>

<p xml:lang="en" lang="en" class="interviewcomment">携帯ですね！i-phoneみたいなインターフェースの携帯も誕生するとか？今までワンソースマルチユースと言っていた事がより実現化されるのかな？とちょっとだけ期待しています。
</p>

<p xml:lang="en" lang="en"><em>─Webはこれからどうなっていくと思いますか？　どうなったらいいなと思いますか？</em></p>

<p xml:lang="en" lang="en" class="interviewcomment">どうなんでしょうか？
<br />
セカンドライフがリアルと結びつくとかなり変化があるのかもですね。いずれはバーチャルとリアルの融合が実現する時代は来るのだと思いますが、私自身は特別そうなってほしいとも思っていません。
<br />
ウェブが進化してもそこで何を提供するのかは人間が考えることなのだと思います。ウェブの技術的な進化を求める事よりも現実にウェブをどのように利用するのかをひとつひとつクリアする事が大切なのだと思います。
</p>

<p xml:lang="en" lang="en"><em>─プライベートではどんな風にWebを利用していますか？</em></p>

<p xml:lang="en" lang="en" class="interviewcomment">みんなと同じだと思いますよ。調べ物をしたりSNSしたり、音楽をダウンロードしたり。英語が話せれば海外の人とSkypeしたいですね！時間とお金の余裕ができれば旅行伝記的なサイトも作りたいですね！
</p>

<p xml:lang="en" lang="en"><em>─ありがとうございました。</em></p>
]]>
        <![CDATA[<h2 xml:lang="en" lang="en"><em xml:lang="en" lang="en">Profile</em></h2>
<p xml:lang="en" lang="en">大本あかね [Akane Omoto]<br />
Web Director<br />
url : <a href="http://all-web.org/" target="_blank">allWebクリエイター塾</a></p>

<p xml:lang="en" lang="en">
愛知県出身<br />
大学卒業後、地元のデザイン会社でデザインを勉強<br />
その後、ウェブに興味を持ち専門学校でJSPを学ぶ<br />
大手ウェブ関連企業でウェブデザイナー兼ディレクター<br />
現在に至る
</p>

<h2 xml:lang="en" lang="en"><em xml:lang="en" lang="en">Favorite site</em></h2>
<p>基礎講座でもご紹介しているのですが、<a href="http://www.happycog.com/" target="_blank">HappyCog</a>(Jeffrey Zeldmanのサイト)は全てのウェブデザイナーに 参考にしてほしいです。</p>

<h2 xml:lang="en" lang="en"><em xml:lang="en" lang="en">Information</em></h2>
<p xml:lang="en" lang="en"> <a href="http://www.nitpc.org/webcreator/google_ana.html" target="_blank"><strong>Webクリエイター養成講習　Webマーケティング講習</strong></a><br />

2008年1月19日　長野IT化推進センターで「アクセス解析」の講座を行います。私がお付き合いしたウェブコンサルタントの会社の中でとても真摯にお仕事をされている会社さんで、取締役をされている竹内さんに講師をご担当いただきます。基礎からウェブ制作が知っておくべきアクセス解析の方法、視点を身に着けられる内容になっています。</p>
]]>
    </content>
</entry>

<entry>
    <title>17 村松弘敏</title>
    <link rel="alternate" type="text/html" href="http://idnagano.net/interview/2007/11/17.php" />
    <link rel="service.edit" type="application/atom+xml" href="http://idnagano.net/cgi-bin/mt/mt-atom.cgi/weblog/blog_id=2/entry_id=336" title="17 村松弘敏" />
    <id>tag:idnagano.net,2007:/interview//2.336</id>
    
    <published>2007-11-25T23:40:15Z</published>
    <updated>2007-12-04T08:40:56Z</updated>
    
    <summary></summary>
    <author>
        <name>id=Nagano事務局</name>
        
    </author>
    
        <category term="Photographer" />
    
    <content type="html" xml:lang="ja" xml:base="http://idnagano.net/interview/">
        <![CDATA[<h5><img src="/interview/img/i_17muramatsu1.jpg" class="interviewph" alt="村松弘敏" /></h5>
<div class="profile"><p xml:lang="en" lang="en">長野市でフリーカメラマンとして活動されている村松弘敏氏。いち早くデジタルカメラを導入し、電塾でも運営委員をされるなど新しい技術を積極的に取り入れる努力を惜しみなく続けられています。一般向けの高性能なカメラが安価に手に入る時代に、プロカメラマンとしてどう向き合っているか、また、現在の活動などについてお話を伺いました。</p>
<p xml:lang="en" lang="en">インタビュアー／id=Nagano　写真／瀧内 貫</p></div>


<p xml:lang="en" lang="en"><em>─カメラに触れたきっかけ、また、カメラにはまったきっかけを教えてください。</em></p>

<p xml:lang="en" lang="en" class="interviewcomment">たまたま家にあったんです、父親が持っていたニコンFが。それがきっかけですね。一番最初に写真を撮ったのは幼稚園くらいだと思います。
<br />
実際に写真を撮り始めたのは中学校以降です。その時は「表現したい」という気持ちは全くなくて、単純に「カメラがあったから」です。持っていたカメラは私が生まれた頃に買ったものだったので古くさくて嫌だったんですが、たまたま顧問の先生から「すごくいいカメラなんだよ」と教えてもらって。それからですね。
<br />
思ったように写らないという思いから、雑誌を読んだりと研究をするようになりました。中学時代は視聴覚クラブでしたね。高校は写真部が休部だったので復活させて、所属していました。
</p>

<p xml:lang="en" lang="en"><em>─カメラマンという職業を意識し始めたのは？　この仕事にはどのようにして就いたのでしょう？</em></p>

<p xml:lang="en" lang="en" class="interviewcomment">高校に入ってからですね。その頃、時代的に写真ブームでした。フライデーなどの写真週刊誌が創刊された頃ですし、アルファ7000等が発売となり、カメラ業界が盛り上がっていました。
<br />
進学するにあたって、写真を撮ることを仕事にしたかったんですが親を説得することができず、東京工芸大学工学部写真工学科といって、レンズやフィルムを勉強する学科に入学しました。でも実際に写真を撮る授業は一年に一度程度しかなくて、実験や難しい話ばかり……。卒業しましたが、やっぱり撮る方をやりたくて、アルバイトしながら夜間の二年制専門学校に通いました。
<br />
二年になった時に、青山スタジオというレンタル撮影スタジオでアルバイトをするようになりました。そのまま就職して、24〜25才頃、そこで出会った杉山芳明というカメラマンに声をかけられ、アシスタントにつきました。そこで三年半ほど過ごしてから、長野にきました。
</p>

<p xml:lang="en" lang="en"><em>─なぜ長野に戻ってきたんですか？</em></p>

<p xml:lang="en" lang="en" class="interviewcomment">東京ではアシスタントとしてですが、良い現場を見ることができました。杉山さん自身ビッククライアントの仕事を多く手がけていましたし。けれど「何か違う」というものをすごく感じていて、技術的なことには興味を持てなかったんです。
<br />
私の通った専門学校は、いわゆる芸術写真の学校だったんです。当時、重森弘淹（故人、写真評論家）が校長をやっていた東京綜合写真専門学校というところで、どちらかというとコマーシャル等の写真には否定的でした。自分も芸術写真の方に入り込んでしまっていたので、仕事の写真は「すごくつまらない写真撮っているなぁ」と思っていたんです。
<br />
実家に戻って、コマーシャル写真の仕事に携わることができるとは思っていませんでした。たまたま縁があり市内のコマーシャルスタジオを紹介してもらって、そこに12年勤めました。</p>

<p xml:lang="en" lang="en"><em>─「何か違う」と感じていたのに、カメラマンの仕事を続けることに抵抗はなかったのでしょうか？　その後、意識の変化はありましたか？</em></p>

<p xml:lang="en" lang="en" class="interviewcomment">趣味の、自分の写真は撮り続けていました。当時、仕事の写真はちょっと下に見ていたんです。しかし、ある撮影の時に、デザイナーが並べた通りに撮影した後、もっと良いものがあると思って同じものを窓際で撮りました。クライアントが求めている写真が一番良いわけですが、自分の中の表現で撮影した写真が意外と評判が良くて、私が撮った写真で人に喜んでもらえるんだと、その時に感じたんです。それから物撮りとかも面白くなりましたね。気付くのが遅いんですけど（笑）。</p>

<p xml:lang="en" lang="en"><em>─仕事の写真も面白いと思えるようになって、独立なさったんですね。具体的なきっかけはありましたか？</em></p>

<p xml:lang="en" lang="en" class="interviewcomment">子供のお宮参りの時に、写真館で写真を撮ってもらったんです。知人のカメラマンで、すごく体調が悪くて仕事もしていなかったんですが、そんなこと知らずにお願いしたら引き受けてくれました。
<br />
コマーシャルのカメラマンはかなりのコマ数を撮るけど、写真館のカメラマンは撮っても3、4カット程度。体調も悪いので休みながらの撮影でしたし、正直「これで大丈夫なのかな」って思うようなものだったんですが、送られてきた写真のできがすごく良かったんです。初めて写真を撮られる立場になって、果たして自分の撮っている写真は人のためになっているのか？とすごく考えまして…それがきっかけですね。

<br />
仕事の写真においては「写真がいいね」と言われるより、「写真のおかげで売上げがあがった」とか「評判がいい」と言われる方が私としては嬉しいんです。
</p>

<p xml:lang="en" lang="en"><em>─『日和*hiyori』の表紙でポートレートを撮影していますよね。雑誌の表紙だとロゴが入ったりしますが、そういうものは意識して撮影しているんですか？　また、撮った写真をデザイナーが料理していくことについて、口を出したくなりますか？</em></p>

<p xml:lang="en" lang="en" class="interviewcomment">意識はもちろんあります。一番最初に撮った時「ロゴを入れるところがない」と非常に怒られまして（笑）。自分ではロゴを入れるところを意識して空けているつもりなんですが、人物の場合どうしても寄ってしまうので。
<br />
写真の使い方に関しては、基本的には任せます。ただ、前もって言ってもらった方がいいです。こういう撮り方がある、と提案もできますし。</p>

<p xml:lang="en" lang="en"><em>─ディレクター的なことを求められることはありますか？　都会と比べ、地方ではひとりで複数の役割を持たなくてはいけませんよね。</em></p>

<p xml:lang="en" lang="en" class="interviewcomment">『日和*hiyori』の表紙の場合は、撮影場所以外何も決まっていない場合が多く、どういう風に撮るかは基本的には私次第です。前号は寄っていたので今回はひきましょうか、という程度の意見はもちろんあります。
<br />
複数の役割を負担することは抵抗ないですね。
<br />
地方だから写真のレベルが低いとは思っていません。確かに、人の関わり方は違うとは思います。東京だって、すごい仕事もありますがそれはほんの一部で、今地方で仕事している私たちと同じような仕事をしている人もすごくたくさんいるのかなと感じています。</p>

<p xml:lang="en" lang="en"><em>─人物撮影する時の、被写体との距離感やコミュニケーションのコツはありますか？</em></p>

<p xml:lang="en" lang="en" class="interviewcomment">口で撮る（しゃべりながら撮影する）人が多いですが、自分はあまりしゃべらないですね。基本的に、きれいに撮るということはそんなに難しいことではないと思っています、テクニック的には。
<br />
自分としては、いつもと違ったところを出してあげたいな、という思いはあります。メイクって自分のクセがあるから決まった顔になりがちですけど、メイクさんにメイクしてもらうときれいに仕上がる。それと同じことかもしれないですね。
</p>

<p xml:lang="en" lang="en"><em>─写真で表現することにおいて、こだわっている点はありますか？</em></p>

<p xml:lang="en" lang="en" class="interviewcomment">コマーシャルの場合は、クライアントの求めるものをきちんと理解できるか、ですね。抽象的な言葉で表現される場合も多いですし、撮影現場では細部にこだわりすぎて、本当に表現しなくてはいけないことを忘れがちになります。ほかにはテクニック的なことですが、例えば料理の撮影でランチなのかディナーなのかで撮り方や照明も違いますし、たくさん販売したいとか、高級感を出したいとか、そういうものでも違います。時代感とか、今感とか、そういうものも求められますしね。そういうものを把握するために何か特別な勉強をしているわけではないです。肌で感じるものだと思うので。

<br />
自分が趣味で撮る写真は、好きなようにやっています。できるだけ撮るようにはしてますね。以前は“作品は作品であるべきだ”と考えていたんですけど、最近はあまり気にしていないんです。（高飛車な意味ではなく）俺が撮ったから俺の作品なんだよ、というような感じ。昔ほどとんがっていなくなったのかな。</p>

<p xml:lang="en" lang="en"><em>─WEB用の写真の需要は増えていますか？　紙との違いは意識されているんでしょうか？</em></p>

<p xml:lang="en" lang="en" class="interviewcomment">基本はまだ紙ですが、WEBでも使うことが多いです。紙とWEBでは、処理が違うということはありますが、撮影自体は変わらないです。ただ、小さくなる場合が多いですよね。最近はWEB上で拡大して利用する場合も多いので、高い解像度が要求されたりもするようです。</p>

<p xml:lang="en" lang="en"><em>─自分の写真をWEBで公開することに抵抗はないですか？　カメラマンにとってWEBはどういう存在なのでしょうか？</em></p>

<p xml:lang="en" lang="en" class="interviewcomment">全くないです。むしろやらなくてはいけないと思っています、営業的にも。個人作品として、WEBで作品を公開することにも、全く抵抗はないですね。<br />

ホームページで写真の受注をしているところもたくさんあるじゃないですか。そこまでやるつもりはないんですが、名刺代わりという部分はあるので、やらなくてはいけないですね。最初に仕事に行く時にはブックを持って行きますので、まだクライアントからサイトを見せてくれと言われたことはありませんが。</p>

<p xml:lang="en" lang="en"><em>─デジカメが普及して、一般人でもかなりいいカメラを持っています。プロとアマチュアの違いって何ですか？</em></p>

<p xml:lang="en" lang="en" class="interviewcomment">例えば、自分でスノーボードをやっていて、スノーボードが好きで撮影している人には、私はとてもかなわないです。感じ持っているものだったり、スノーボーダーが何を求めて、どういう写真がかっこいいと感じるのかということをすごくわかっているから。そういうものを、私たちは撮れないんです。
<br />
仕事の写真におけるプロとアマチュアの違いは、きちんとものを正確に表現できるかどうかだと思います。
<br />
現在、カメラマンの需要は少なくなってくるとは思います。ハードもソフトも良くなってきていて、撮影した写真を後処理で整えることができるようになってきていますから。お金を払って写真を発注していただけるようになるかどうかということが、これから写真で生計を立てていくためには必要なことだと思います。それはすごく意識しています。下手したら、使っているカメラ、一緒ですからね。そういうのもあって、バックタイプのデジタルカメラを導入した、というのもあります。バックタイプの画像は次元が違うくらい画質が違いますからね。
</p>

<p xml:lang="en" lang="en"><em>─仕事における撮影はクライアントから被写体を指定されることが多いと思いますが、個人的に今後撮りたい被写体はありますか？ </em></p>

<p xml:lang="en" lang="en" class="interviewcomment">今住んでいるところをちゃんと撮りたいという気持ちはあります。写真は都市文化だから、東京とか、パリとか、ニューヨークでしか成立しないものだという先入観がありました、10年ほど前まで。1995年に、学生時代、お金がなくて行かれなかったパリ写真月間にいきました。写真を見ながら街をまわっていくうちに、写真を表現として伝えることは長野でもできるんじゃないかと気がついたんです。考え方が変わって、吹っ切れましたね。
<br />
長野は風光明媚なところが多いので写真を撮っている人は多いですが、そういう写真ではない街の写真を撮りたいですね。少しずつ撮り始めてはいるんです。</p>

<p xml:lang="en" lang="en"><em>─最後に、村松さんが運営に携わっている電塾について教えてください。</em></p>

<p xml:lang="en" lang="en" class="interviewcomment">5年くらい前に独立してすぐ、デジタルカメラを買いました。Photoshopは前の会社でもバージョン3くらいから使っていたので、結構古いです。ただ当時はデジタルカメラがなくて、フィルムをスキャンしていたんですが、それが嫌だったんです。カメラマン的にいうと、ポジの段階は完成形だからそれをいじるという感覚がわからないし、やりたくなかった。だからPhotoshopはほとんど使っていなかったんです。
<br />
前の会社時代からデジタルカメラを早く入れた方がいいというのは感じていたので、頼んで導入後、そのカメラで撮影された画像を見てから可能性というか、たとえば、古いレンズの味も処理することによってデジタルカメラで表現できちゃうのかなと思ったんです。それからかなりデジタルにはまりました。
<br />
独立して初めて買ったカメラがコダックのDCS760でした。導入の決め手はドライバーソフトの出来の良さでした。さぞすばらしい画像が出るかと思ったのですが、当時の画像はPhotoshopでの処理が必須だったんです。一日撮影すると夜寝ずに画像処理をしていましたね。若いうちは良いけど、これを続けていたらいつかは体を壊すなって思いました。
ただ、周囲に比べるとデジタルカメラの導入が早かったので、画像処理の自信はありました。
<br />
たまたま長野で電塾の勉強会があって参加したら、高いと思っていた自分のレベルが全然昔のレベルで、もっと楽できる方法があるということを教えてもらったんです。初期段階はすごく勉強していたんですが、ある程度になると力がついたと思い込んでいただけで、全然そんなことなかったんです。電塾は毎月やるというので、毎月勉強に行くようになりました。長野でやり始めて3、4回目から参加しています。勉強会の内容はガツンと頭叩かれたような感じでしたね。そのうち運営委員をやれということになった、という感じです。
<br />
毎月勉強会を開催していますので、興味があったらぜひ参加してみてください。
</p>

<p xml:lang="en" lang="en"><em>─ありがとうございました。</em></p>

<img src="/interview/img/i_17muramatsu2.jpg" class="interviewph" alt="村松弘敏" />]]>
        <![CDATA[<h2 xml:lang="en" lang="en"><em xml:lang="en" lang="en">Profile</em></h2>
<p xml:lang="en" lang="en">村松弘敏 [Hirotoshi Muramatsu]<br />
Photographer<br /><br />
url : <a href="http://muramatsu-photograph.com/" target="_blank">村松弘敏写真事務所</a><br />
<a href="http://www.denjuku.gr.jp/nagano/" target="_blank">電塾長野支部</a></p>

<p xml:lang="en" lang="en">
昭和39年：長野市生まれ、新潟県妙高高原で育つ<br />
昭和57年：東京工芸大学　工芸部　写真工学科（現　画像工学科）入学<br />
昭和61年：東京綜合写真専門学校　第２学部　入学<br />
昭和63年：青山スタジオ　入社<br />
平成元年：杉山芳明写真事務所　入社<br />
平成 3年：（有）アドフォート・トリム　入社<br />
平成14年 5月：同社退社　現在に至る
</p>

<h2 xml:lang="en" lang="en"><em xml:lang="en" lang="en">主な撮影分野</em></h2>
<p>ガッチリとした商品撮影が得意。宝石から、人物まで、かなりオールマイティに対応します。短時間で大量の撮影にも臨機応変に応えます。特にモデル、人物撮影は現在長野で活躍する、どのカメラマンより場数を踏んでいると自負しています。
ロケからスタジオ撮影まで、幅広い撮影ニーズに応えます。</p>

<h2 xml:lang="en" lang="en"><em xml:lang="en" lang="en">今までの主な撮影した被写体</em></h2>
<p xml:lang="en" lang="en">
レストランメニュー、会社案内、ホテル季刊誌、政府刊行物、社内報表紙、企業ポスター、百貨店DM、チラシ、ギフトカタログ、パンフレット、雑誌表紙等</p>

<h2 xml:lang="en" lang="en"><em xml:lang="en" lang="en">Digital</em></h2>
<p>6年前から仕事上にデジタルカメラを使用。phase one製2200万画素デジタルカメラを導入。デジタルでの入稿にも数多くの経験を積んでいます。デジタル写真での印刷をはじめ、WEB上で使用するなど、疑問点、お問い合わせなどお気軽にご連絡ください。</p>]]>
    </content>
</entry>

<entry>
    <title>16 扇田孝之</title>
    <link rel="alternate" type="text/html" href="http://idnagano.net/interview/2007/10/16.php" />
    <link rel="service.edit" type="application/atom+xml" href="http://idnagano.net/cgi-bin/mt/mt-atom.cgi/weblog/blog_id=2/entry_id=328" title="16 扇田孝之" />
    <id>tag:idnagano.net,2007:/interview//2.328</id>
    
    <published>2007-10-03T11:12:25Z</published>
    <updated>2007-10-04T05:10:51Z</updated>
    
    <summary></summary>
    <author>
        <name>id=Nagano事務局</name>
        
    </author>
    
        <category term="地域研究家" />
    
    <content type="html" xml:lang="ja" xml:base="http://idnagano.net/interview/">
        <![CDATA[<h5><img src="/interview/img/i_16oogida1.jpg" class="interviewph" alt="扇田孝之" /></h5>
<div class="profile"><p xml:lang="en" lang="en">東京から大町に移住して30年間。ご自身の体験を基に田舎暮らしについてまとめ<a href="http://www.amazon.co.jp/exec/obidos/ASIN/4768469221/idnagano08-22" target="_blank">『素朴だけでない　田舎暮らしの馴染み方』</a>を出版した扇田孝之さん。現在も大町市簗場にて山荘を営みながら、長野・東京・海外と幅広く活動し続けています。人・情報・地域と多様なネットワークを培った扇田氏ならではの広い視野と観点から、長野について語っていただきました。</p>
<p xml:lang="en" lang="en">インタビュアー／id=Nagano　写真／瀧内 貫</p></div>


<p xml:lang="en" lang="en"><em>─扇田さんについて教えてください。</em></p>

<p xml:lang="en" lang="en" class="interviewcomment">東京生まれの東京育ちです。1978年に大町市の簗場というところに住まいを移して、それ以来ずっとここで暮らしています。高校二年生の時に「学生村」の制度を利用してたまたまこの地を訪れたのですが、この場所も宿泊していた民宿も気に入って、７年ほど、毎夏通いました。大学院に入ってから、じっくり腰を据えて地域社会の在り方をを研究してみたいと思って、１年間この地域で生活を始めました。そしたら近くに別荘地が開発されると聞いて、友達や知人をまわって一口20万のお金を700万程度集めました。来たら泊めてやると（笑）。親や銀行からお金を借りて今の山荘をつくって、それを糧にしました。その間、東京で短大の先生をやっていたのでここから通ったり勉強会や研究会に出たり、山荘の経営をしたり、という具合です。<br />
<br />
短大講師は１年でやめて、それから２年ほど、今まで得た知識は一度全部捨ててしまおうと思って専門書の類は一切読まないことにしました。テレビも見ず一日中ラジオを聞いて、それで地名や地域など、何となく長野の地理などがわかってきました。夏と冬の観光客だけでは生活も充分ではないということもわかり、地元で生活していくための基礎体力と筋肉をつけなければと、山林労働、やプロパンガスの配達の日々
。<br />
<br />

その頃、一つの転機がありました。僕は憲法学と法律哲学の勉強をしていたのですが、憲法学会に所属する若い講師や助教授が「扇田さんは信州の涼しいところにいるんだよね。夏合宿をやりたい」と言ってきました。日本中の大学から憲法学者が70～80人集まり、4日間ほど我が家近くのホテルで研究会を開きました。それを聞きつけた信濃毎日新聞の方が取材にきて、僕の経歴を知って、何か書いてくれませんかということになった。それが切っ掛けとなって、文化欄で足掛け5年ほど連載をするようになりました。<br />
<br />
一方で、白馬村に当時『小さな村の壮大な選挙戦』ということで全国的に話題になったことがあるのですが、当選した横沢裕さんという村長が友人の教え子だったということで、個人的な付き合いができました。そんな頃、友人のスキー好きなフランス人女性の外交官が日本に赴任してきた。「信州にスキー場ある？」というので我が家に来たのですが、「こんな小さなスキー場じゃやる気しない」という（笑）。そこで、白馬の八方を紹介しました。<br />
彼女は八方のスキー場を非常に気に入り、シーズン何回となく訪れました。二年の赴任を終えて帰る時に「せっかくだから面白い交流をやりませんか」という話になりました。アヌシー（オートサボア県都）という街で、冒険の記録を主題にした映画祭を始めるという。どちらもスキーと登山が盛んだし、交流してみたらということで、国際冒険映画祭を白馬とフランスで交互でやることになりました。僕が日本側のプロデュースを担当し、85年から96年まで行いました。<br />
<br />

このような経緯で、地域社会とはいったいどのようなものか、国際交流はどういうもので、パートナーになるとはどういうことだとか、そういったことを実践しながら今日に至ったわけです。</p>

<p xml:lang="en" lang="en"><em>─扇田さんの著作『素朴だけでない　田舎暮らしの馴染み方』に出てくる象徴的な言葉「時速4キロの文化と時速50キロの文化について教えてください。</em></p>

<p xml:lang="en" lang="en" class="interviewcomment">一冊にまとめようと考える中で、どこにいても最先端の情報が瞬時に入ってきて、農業主体の国ではなくなってしまった今の社会において、旧態依然たる、「都会・田舎」という切り口では「地域」のあり様が上手く説明できない。いったい何だろうと考えていたころ、観光関係者が「これからは人間性を取り戻すんだ」とか「癒しの場だ」と言い出し、“歩くスピードで楽しめるまちづくり”というのが大事なのではないかという話が出てきました。それが要するに時速4キロの文化なのですが、歩くだけの楽しみの一方で車があり、最先端の文明の利器もたくさんある中で、ただ昔のようにすればいいのか…それがひとつのヒントになりました。<br />
<br />
500万年前から今日まで延々と続いてきた時速4キロの文化というのは、人間が動物である限り変わらない、永遠に続くものです。 18世紀以降何が一番大きく変わったのかというと、機関車のような動物としての人間の能力を遙かに凌駕するスピードや、何トンもを持ち上げる文明の利器などができたことです。現代は、そうしたすばらしい機器類を僕達庶民が普通に稼いでいるお金で自由に使える時代になった。これが時速50キロの文化を蔓延させたのです。<br />
ですから、これからは「時速4キロの文化」と「時速50キロの文化」との共創（きょうそう）の仕方を考えていくことが重要なのではないかと。時速4キロ、50キロという切り口は、現代の、これからしばらくの未来の社会も含めて、人間の活動を考えたり地域づくりを考えたりするには、一つの有効な切り口になると思いました。</p>

<p xml:lang="en" lang="en"><em>─情報化社会やインターネットは、時速50キロの文化よりもより早いイメージがありますが？</em></p>

<p xml:lang="en" lang="en" class="interviewcomment">ITだけを取り出してみると、一瞬に時空を乗り越えていますよね。距離も空間も問題にしていない。けれども、例えばインターネットを使って買い物をした場合、欲しいという情報は瞬時にお店に届くけれど、物は一瞬では届かない。自分の欲し商品が、実際に移動して手元に届くという状況と相まって初めて、インターネットで情報が瞬時に届くという役割が意味を持ちます。<br />
<br />

ITというのは限られた部分で瞬時に何かするという意味においては非常に大きな力を持っていますが、さらにそれが飛躍発展しているのは、その背後に時速 50キロの文化が整備され（商品が運送会社のネットワークで素早く届くということ）、さらに時速4キロの文化が持つ情報の大きさが錯綜して、初めてITという社会が大きく広がっているんだと考えた方が良いのではないかと思います。</p>

<p xml:lang="en" lang="en"><em>─最近“田舎暮らし”という表現をよく見かけますよね。都会から田舎に移り住むと、ギャップを感じると聞きます。時速50キロの人たちが時速4キロに溶けこむコツはありますか？</em></p>

<p xml:lang="en" lang="en" class="interviewcomment">田舎は時速4キロだけの社会ではないし、都会は時速50キロだけの社会ではないんです。今の日本という社会は、田舎であろうと都会であろうと基本的には同じ。都会で経験した面白いこと、つらいこと、人間的なトラブルは、どんな田舎で生活しても必ずあります。そう思ってくれば、違いなんて何にもないですよ。<br />
<br />

あとは人口が少ないから、少ないなりの物・キャパしかないという違いがあるだけです。それを昔ながらの「田舎は…」という言い方をしてしまう。そうすると田舎は特別な人種がいて、都会にいる私がそこに住むにはどうしたらいいかしら？みたいな話になってしまう（笑）。まあ、住んでいる人間の数や、そこで消費される金額の多寡とか、そういうものによってインフラはある程度低くなったりしていることはあります。それに対して自分がどう順応していくか、だけの話です。</p>

<p xml:lang="en" lang="en"><em>─『田舎型の生きている場の中』で、上手く生活していくコツがあるのでしょうか？</em></p>

<p>人間はよく「仮面をつける」とか「本当の自分になる」というけれど、実はどの仮面も本当の自分ではないでしょうか。仮面の数をどのくらい持てるか。例えば、女だったり、恋人だったり、妻だったり、子供だったり、社会人だったり、遊び上手だったり…、一人の女性がいろんな顔を持っているんです。このうちのどれかが本当の私です、というのではない。全部自分なんです。その仮面をどこでつけてどういう風に振る舞うかということが、生きる、生活するということ。その仮面のつけ間違いをすると、「あいつは…」といわれるわけです（笑）。<br />
なるべく、「日常生活の場」「仕事の場」「社会生活の場」、それぞれの場を離しておいたり、くっついてもべったりくっつかせないようにして、自分が今この仮面をかけているということがゆったりできる状況があれば、一番ストレスがありません。3つが大きく重なっていると、仮面の付け替えが難しくなるのは確かです。<br />
<br />
北信流とか地域の会合における独特の挨拶があります。あれは「今俺はこういう仮面をかぶっているんだぞ」という発信、ふわっと仮面をかぶる儀式です。まわりの人も、仮面をかぶったその人の指示に従います。そうしないと、重なり合った地域で動けなってしまう。大都会はその3つが離れているから、いつの間にかそういうしきたりをしなくてもよくなってしまったのでしょうね。
</p>

<p xml:lang="en" lang="en"><em>─田舎にくると、密接にならざるを得ないという感じがあるのですが？</em></p>

<p xml:lang="en" lang="en" class="interviewcomment">僕らのようによそから来て、50、60過ぎて、地域で仕事をしないで、もしくは仕事をする割合が少ない状態で来た場合、この3つのすべてに所属いなくてもいいわけです。自分が楽しい範囲の中にいればいいんですから（笑）。自分が一番大事にしている場所はそんなに広くない。そこで自分がどうやって人と接していけるか、田舎も都会も生活の仕方は同じです。<br />
<br />

メディアが伝える“田舎”にも問題があります。“田舎”がメディアによって演出されているという部分も大いにありますよね。言葉の使い方によってもとらえ方は様々です。私は著書の中で「田舎型」や「都会型」という表現をしていますが、これは一般的にいわれている都会と田舎の地域差とは違います。<br />
<br />

人間は、時速4キロで何百年も生活をつくってきました。都会の中にも、古くから続く下町とか多くの地域には田舎型の生きている場があります。田舎だから密接、都会だからドライというものではなく、全国的に田舎型の「生きている場」が基本であって、これのない文化はありえないと思います。</p>

<p xml:lang="en" lang="en"><em>─Webサイトの制作はメディア側でもあります。メディア側が田舎らしさを演出することもありますが、田舎側が田舎らしい田舎を演じることもある。メディアは、どんな風な在り方がいいのでしょう？</em></p>

<p xml:lang="en" lang="en" class="interviewcomment">時速50キロの文化の最大の特徴は、99％視覚情報であることです。その他の感覚は、時速4キロの文化ではほぼ平等。つまり、時速4キロの文化におけるメディアは、現場で見るか、人から話を聞いて想像する以外にありません。自分の知らないものは想像できないのが時速4キロの文化であり、そういう限界を意識していた時代です。<br />
<br />


ところが、時速50キロの文化は、特に映像というメディアが出てきた時に、見たことのないものでも見たことあるがごとく映します。受け取る側は、視覚以外の情報はいっさい遮断されてしまう。だから、田舎らしくというのはまさにいったとおりで、“らしくみせる”ということに腐心して他の物は全部切り捨ててしまうんです。事実の一部分だけを演出して見せる。時速50キロの文化におけるメディアの訴え方は、どの部分を強調して見せるかになる。それを受け取る側は、想像した情報と流された情報の中で自分が一番受け入れやすい物だけを受け入れてしまいます。常に本当の（トータルな意味での）情報は絶対に伝わっていかないのが、この時代のメディアの不幸なところですね。<br />
<br />

メディアにとって重要なことは、田舎といった時に何を連想する人が多いかを集中的にリサーチすること。その分析が正しいと、面白いようにひっかかっていきますよ。

</p>

<p xml:lang="en" lang="en"><em>─最近はメディアの切り取り方に疑いを持っている人も多いと思います。情報収集の可能性に、インターネットは有効なのではないでしょうか？扇田さんの情報収集はインターネットですか？情報を見極める術はあるのでしょうか？</em></p>

<p xml:lang="en" lang="en" class="interviewcomment">最大公約数的な意見や、少数の意見を具体的に聞けるものとしてITは非常に役立ちます。昔、岸信介が国会で「声なき声を聞いている」と言いましたが、今の時代、まさに声なき声を聞くことができるのはITです。そこから何をくみ取るかは、閲覧する側の感性。情報を得たときに多勢の方にいくか、少数派の方にいくかはそれぞれの個性の問題になります。<br />
<br />


僕も、情報収集にはインターネットをよく利用しています。情報を見極める術…大学院でいろいろな研究生活する上で、ひとつの論文を書くために膨大な書物を読んできました。これが一つの訓練になっていますね。そういう生活を何十年もしていると、無意識のうちにつかみ取れる。何十年にもおける訓練の結果としての直感ですね。

</p>

<p xml:lang="en" lang="en"><em>─リゾートと街が混在する長野。長野県の特異性は？</em></p>

<p xml:lang="en" lang="en" class="interviewcomment">ミシュランが今年6月に初めてフランス語圏を対象にした日本の観光本を出しました。長野は一つ星として紹介されています。三つ星が富士山、東京、日光、高山、京都、奈良、姫路、宮島、それだけです。ミシュランに紹介されるだけでもすごいことなんですよ。<br />
<br />

長野について、まず紹介されているのが、『楢山節考』、姨捨伝説で、カンヌ映画際でグランプリをとった映画の舞台になったところとして紹介されています。二つ星で善光寺。お階段めぐりを詳しく紹介ています。他には戸隠、地獄谷、野沢温泉、松本、上高地、新穂高温泉。このくらいしか書いていません。これは本人たちが実際に行ったり来たりしての調査結果です。彼らが外国人の目で選んだ日本の、日本らしい文化があるところ、もしくは、今の日本を象徴しているところを取り上げています。長野らしい文化というのは、善光寺のお階段めぐり。もうひとつは映画として話題となった姨捨伝説のある地域、県。これが、フランス人の、世界的にもセンスがいいといわれているガイドブックの編集者が取り上げた長野ということですね。<br />
<br />


リゾート地でという話においては、「信州には人がいるけれど人脈が育たない」という言葉が象徴的だと思います。中央各界の偉い人たち。普通そういう人とは、地元の上流階級の人としか付き合うことはできません。ところがリゾートの場合、もっとも下々の人と、都会からきた偉い人たちが、ある種の非常に親しい付き合いになってきます。リゾートで生活するには女中さんや、小作のおじさん等が必要です。その人たちは、何十年もそこに雇われ、出入りするわけですから。付き合いで人間の良さはわかっているから、最下層級が都会の上流階級の人と付き合いが出てきます。自分でつくった人脈をいつ他人にとられるかわからないということになれば、閉鎖的な付き合いになってしまう。長野にはそういう人的関係というものが、他の地域と違うものとしてあると思います。<br />
<br />


今リゾートというものはほとんど成立していません。リゾートというのは一回の滞在が長く、それが長期にわたって繰り返されるものです。それがかろうじてあるのは軽井沢程度。あとはリゾートという雰囲気を出して、リゾートしているつもりにさせるような場所しかありません。これは別に長野が悪いのではなく、今の日本全体がそういう構造の中にあるだけで、仕方のないことなんです。とすると、観光客がずかずかと自分たちの日常生活のエリアの中に一泊二日などの短期で入ってきて、自分たちのテリトリーがいいように引っかき回され、なおかつ「観光客の方にはスマイルをもっておもてなしの心で」といわれると、余計に腹が立ってくる（笑）。今の長野は、リゾートが非常に成り立ちにくい状況の中で、リゾートで在らねばならないという思い込みで頑張っている、つらい状況だと思います。
</p>

<p xml:lang="en" lang="en"><em>─長野県におけるリゾート、明るい未来はあるのでしょうか？</em></p>

<p xml:lang="en" lang="en" class="interviewcomment">長野市くらいの大きな都市になると、独自の産業などいろいろなものがあって、その中の一分野としての観光というものが成り立ちうると思います。ところが、人口が10万以下の中小の自治体が、これから様々な形で生産力を上げ地域振興を図っていこうとすれば、観光産業はある意味基幹産業なんです。<br />
<br />

例えば、大町市の観光消費額は146億円、延べ観光客数は287万人です。これは、年間186万円の消費をする住民が7863人も増加したことになります。あるいは、従業員数7863人、総生産高146億円の大企業ができたことと同じなのです。また、観光客はガソリンスタンドでガソリンを入れます。食事もします、タクシーも利用します。スーパーで買いものもします。見えない形で地域消費を挙げているのです。<br />
<br />


ところで、なぜペンションが流行したのかというと、1970年代初め、別荘開発ブームが起こった後、石油ショックで誰も田舎の不便な土地を買わなくなってしまった。困った関係者が「ヨーロッパのようなペンションをして、15年で返済したあとはご自分の住まいとしてのんびり暮らすのも、ペンションを続けるのも自由です」と宣伝して、30代前半と50代の都会生活者を引き寄せたのです。<br />
<br />

また、当時の東京では、畳の部屋に絨毯を敷いてソファーをおいてテレビを見る。あるいは、自分の部屋も洋風にしてベッドで寝たいというのが当時の若い人たちの憧れ。それを実現してくれたのがペンションです。だから都会の人間が競って来ました。ところが、ここ10年20年で自分たちの家の方が良くなってしまい、ペンションはチープ、プアーの象徴になってしまいました。<br />
<br />


また、スキー場から発達したリゾートは、今はだめです。スキーというものが遊ぶ一つの手段でしかなくなってしまった今は、旅館での接待の仕方や地域全体がどんな雰囲気になっているかが、非常に重要になってきました。スキー場で30年40年やってきたところは、いい従業員を置いて、きちんとした接客をして、お客さまからそれなりの対価をいただく、という意識があまりありません。しかし、スキー場がなく、客集めに必死になってやってきたところは、それなりにブランド力ができてきています。

</p>

<p xml:lang="en" lang="en"><em>─最後に、著作のご紹介や今後の活動を教えていただけますか？</em></p>

<p xml:lang="en" lang="en" class="interviewcomment">今初稿ができあがった本は、まだ題名は決めていないんですが、都会人へのメッセージということで、都会も田舎もないんだ、そんなことを気にするな、ということを、僕の過去の生きてきた過程から見えた都会と信州の田舎、それをいったりきたりさせながら書きました。また、『地域文化』で1990年代に3年間、いろいろな人と対談するコーナーをもらいました。飯田の人形劇を最初に仕掛けた人とか、バイオリンの鈴木真一さんとか、地名を研究している人とか。わずか3年の間に12人と会ったその対談ですらこれだけいろんな幅広い人がいて、多様な文化が息づいています。そういう本を今書いています。<br />
<br />


地元とのつながりでいうと『北アルプス山麓ブランド』という県の活動があります。そのプロモーション部会の部会長になりました。いかに地元に根付かせるかというのがひとつ。それと同時に、都会の消費地にどういうかたちで売り込んでいくかというマネージメントをしています。<br />
<br />


また、11月18日に安曇野市でシンポジウムをやりますが、その企画運営と、コーディネーターを行います。安曇野市ができて、今は10万都市。長野県で5番目に大きな街になりました。今まで町村でしたが、市としてどういうかたちの地域をつくっていくかがシンポジウムの主題です。
</p>

<p xml:lang="en" lang="en"><em>─ありがとうございました。</em></p>]]>
        <![CDATA[<h2 xml:lang="en" lang="en"><em xml:lang="en" lang="en">Profile</em></h2>
<p xml:lang="en" lang="en">扇田孝之 [Takayuki Oogida]<br />
地域研究家<br />

</p>
<p xml:lang="en" lang="en">地域研究家。明治大学大学院（法律哲学）修了。研究生活の後、78年に大町市簗場に移住、国内外の人・情報・地域の多彩なネットワークを培いながら実践・研究活動を行っている。特に、フランス・オートサボア県の四つ星ホテルを中心に多様なプロデュース活動を展開してきた。「ツーロン海洋冒険映画祭」（仏）国際審査委員、「日本文化デザイン会議」、「全国水の郷サミット」（穂高町）などの講師を務めた。<br />
</p>

<h2 xml:lang="en" lang="en"><em xml:lang="en" lang="en">著書紹介</em></h2>
<p><a href="http://www.amazon.co.jp/exec/obidos/ASIN/4768469221/idnagano08-22" target="_blank"><img src="/interview/img/4768469221.jpg" width="100" height="150" alt="素朴だけでない　田舎暮らしの馴染み方" /><br />
素朴だけでない　田舎暮らしの馴染み方</a><br />
(現代書館)</p>

<h2 xml:lang="en" lang="en"><em xml:lang="en" lang="en">Information</em></h2>
<p xml:lang="en" lang="en">
<em xml:lang="en" lang="en">安曇野市の土地利用・景観を考えるシンポジウム</em><br />
平成17年（2005年）10月1日の合併で、安曇野市は人口約10万人、県下で5番目の人口規模の自治体に生まれ変わりました。それまで、豊科町、穂高町、三郷村、堀金村、明科町の5町村は、恵まれた自然風土と、各々の地域特性を活かしながら、緩やかに発展してきました。その先人たちの弛みない営みが、＜安曇野＞という日本を代表する風土、景観、個性を創りあげてきました。しかし、これまでの＜安曇野＞は、5町村それぞれの＜安曇野＞でした。<br />
<br />
ところで、今、私たちが日々生活している＜安曇野＞は、県下で3番に広大な平地ですが、そこに県内最多数の転入者が押し寄せ、膨大な住宅需要が生まれています。これに呼応し、増大する消費人口、労働力を追うようにして商業施設や産業施設の立地も進んでいます。そこで、「徐々に成長しつつ、変化していく時代」にふさわしい、安曇野市の発展を支える土地利用の「秩序」を官民一体となって創りあげていかなければなりません。<br />
<br />
10万人が集う安曇野市にふさわしい新たな＜安曇野＞を創造する手がかりを見つけだそうとするのが、本シンポジウムの趣旨です。
<br />
<br />

<strong>日時</strong>：2007年11月18日（日）<br />
13：00〜15：00<br />
<strong>場所</strong>：安曇野市豊科公民館<br />
<strong>主催</strong>：安曇野市<br />
<strong>企画運営</strong>：（株）KRC<br />
（有）コミュニケーション・デザイン研究所
<strong>演題</strong>：安曇野市の発展に向けた「個性ある地域づくり」のあり方を探る
〜地域景観と安曇野のブランド性に目を向けて〜<br />
<strong>出席者</strong>：庵 豊（松本大学教授）<br />
中村 麻美（画家）<br />
山田 桂一郎（スイス・ツエルマット観光局）<br />
涌井 雅之（造園家）<br />
<strong>コーディネーター</strong>：扇田孝之（地域社会研究家）
</p>
]]>
    </content>
</entry>

<entry>
    <title>15 タテタカコ</title>
    <link rel="alternate" type="text/html" href="http://idnagano.net/interview/2007/03/15.php" />
    <link rel="service.edit" type="application/atom+xml" href="http://idnagano.net/cgi-bin/mt/mt-atom.cgi/weblog/blog_id=2/entry_id=293" title="15 タテタカコ" />
    <id>tag:idnagano.net,2007:/interview//2.293</id>
    
    <published>2007-03-01T01:01:43Z</published>
    <updated>2007-03-01T01:05:31Z</updated>
    
    <summary></summary>
    <author>
        <name>id=Nagano事務局</name>
        
    </author>
    
        <category term="Musician" />
    
    <content type="html" xml:lang="ja" xml:base="http://idnagano.net/interview/">
        <![CDATA[<h5><img src="/interview/img/i_15tate1.jpg" class="interviewph" alt="タテタカコ" /></h5>
<div class="profile"><p xml:lang="en" lang="en">3月に公開される映画「アルゼンチンババア」の主題歌に「ワスレナグサ」が起用される、飯田を拠点とするシンガー・タテタカコさん。自身のことを「ワシ」と呼ぶタテさんは、ステージ上の緊迫感ある姿からは想像もできないぐらい屈託ない笑顔で話しをしてくれる不思議で掴み所のないオーラをもった人だ。常に自分自身を破壊しながら問いただすということを繰り返し、不安定さと自由さが交錯する中から滲み出てくる唯一無二の存在感と表現力が、タテさんの魅力ではなかろうか。映画のはなし、新作アルバムの話しについて伺った。</p>
<p xml:lang="en" lang="en">インタビュアー／坂田大輔　写真／ハラヒロシ</p></div>

<p xml:lang="en" lang="en"><em>─映画「アルゼンチンババア」の主題歌をタテさんが歌うのですね。おめでとうございます。どういった経緯で主題歌を担当することになったのですか？ </em></p>

<p xml:lang="en" lang="en" class="interviewcomment">ありがとうございます。東京でライブをやったときに、監督が聴きにきてくれたのがきっかけです。</p>

<p xml:lang="en" lang="en"><em>─映画の主題歌づくりというのは、どんな感じでしたか？</em></p>

<p xml:lang="en" lang="en" class="interviewcomment">原作と台本を交互に読みながらつくっていこうと思ったのですが、いいものをつくらなきゃ、つくらなきゃ、と思うとつくれなくて、あざといものしかでてこなくて、参りました（苦笑）。レコーディングのために、映画のためにって思うと、どうしてもよくつくりたいとか、いいことをいいたいとか思ってしまうのですが、それって結局ダメなんです。やっぱり根本的にはよく思われたいんですけど、でも、自分の中から出てきたものしか歌えないんですよね。誰かのためにっていう意識をなくして、自分のことに置き換えてみようと思ったときに、自然と出てきたものが曲になりました。監督からは特に「こういった曲で」というリクエストはなかったので、のびのびとつくることができました。 </p>

<p xml:lang="en" lang="en"><em>─映画の主題歌といえば、カンヌで話題になった「誰も知らない」の挿入歌として「宝石」が使われました。映画と非常にマッチしていたのですが、「誰も知らない」と「宝石」の関係について教えてください。 </em></p>

<p xml:lang="en" lang="en" class="interviewcomment">「宝石」は昔につくった曲なんですが、本当は封印したかったんです（笑）。今だからこそ、「過去の自分も自分でしょ」と考えて、矛盾していても昔の自分の歌を歌っていくことで、新たな自分を発見していくこともあるんですけど、そのときは、自信がなかったし、聴いてもらうのがいやだったので。ただ、以前是枝監督にお会いしていて、純粋に「また監督に会える！」って思ったので、ふたつ返事で「ありがとうございます」と言ってました（笑）。 <br />
映画のためにこの曲の続きをかいていったのですが、このときも映画のことで頭がいっぱいになってイライラしてもどかしくしていました。この曲をつくったときと同じように、白黒はっきりつけられない感じが、この映画の雰囲気とつながったのかな、と思います。</p>

<p xml:lang="en" lang="en"><em>─ありのままを伝えていく感じなんですね。</em></p>

<p xml:lang="en" lang="en" class="interviewcomment">ひとりでいると閉じこもっちゃうんです。同じ考えが堂々巡りするような。音楽を手段として人とつながっていって、うちのめされて、ボコボコにされつづけて、本当の自分が見えてくるんです。映画に2回取り上げられて、純粋に嬉しい気持ちもあったり、とまどいもあったりしましたが、映画に関わらせてもらうことで吉本ばななさんや奈良美智さんにも会えたし、いままで出会えなかった人、出会えなかった景色に巡り会えたのは本当によかったと思います。</p>

<p xml:lang="en" lang="en"><em>─対バンで様々なバンドと出会いますね。</em></p>

<p xml:lang="en" lang="en" class="interviewcomment">ジャンル関係なく、いろんなアーティストと対バンさせてもらっています。いきなりガツンとやられる想定外のものをみせつけられて、「本当に音楽やってるの？」と突きつけてもらったりとか、そうやって出会った人とはつながっていきたいし、また一緒にやりたいです。おっくうでめんどくさがりで、できれば閉じこもっていたい性格なんですけど、自分を突き動かしてくれるのはそこでしか味わえないものであって、それを知ってしまったんです。感動すると体が泣いちゃいます。いろんなことを、どんどん知りたいと思います。 
</p>

<p xml:lang="en" lang="en"><em>─タテさんは飯田を拠点に活動していますね。地元のアーティストという感覚がありますか？</em></p>

<p xml:lang="en" lang="en" class="interviewcomment">就職せずに、逃げ帰ってきたんです（笑）。「ちっくしょーいつか東京に戻ってやる」と思ってたんですけど。帰る場所は実家だけだったですし。はじめは地元や方言がイヤで、誇れる街とは思ってませんでした。でも、住み始めて、そこであった人とか、今まで見てなかった景色とか、外から取材に来てくれた人が教えてくれた飯田の街を知っていくうちに、あぁ、ないんじゃなくてただ見ていなかっただけだったんだと気づきました。いまは、自分の土地に帰ってくるとほっとするっ・・・というわけではないですが、あぁ「水がおいしい」って思ったりします。 <br />

でも、両方ないとダメだと思います。外に出て刺激を受けてボコボコになって自分を見つめ直す、地元ってそんな場所です。 
</p>

<p xml:lang="en" lang="en"><em>─タテさんの一日の過ごし方ってどんな感じですか？</em></p>

<p xml:lang="en" lang="en" class="interviewcomment">サイテーですよ（笑）。軽蔑されそう…（苦笑）。気がついたら昼だったとか。ツアーのほうが規則正しいです。普段は、いってみれば研修社員みたいなものですね。</p>

<p xml:lang="en" lang="en"><em>─曲づくりはどうやっていますか？ </em></p>

<p xml:lang="en" lang="en" class="interviewcomment">夜とか…　ツアー中の、ライブが終わったあとのベッドの中とかですね。</p>

<p xml:lang="en" lang="en"><em>─今回のアルバムの曲は、相当早いペースで作ったそうですね？ </em></p>

<p xml:lang="en" lang="en" class="interviewcomment">いままでは何曲もストックがあったのですが、今回のアルバム用の曲、足りなかったんです。で、ヤベーヤベーと思っていると、結局「いい曲かかなきゃ」になって、全然ダメになる（苦笑）。全く新しいチャレンジですら、狙ってる、あざとい感じになっちゃいました。それを取り壊した瞬間、まったく排除できたときに、ほろほろとでてきて、それを歌にしました。 <br />
沖縄で録った「ワスレナグサ」は、レコーディング当日の朝になっても完成していなくて、焦っても焦ってもやらしい言葉しかでてこない状態だったんですけど、スタッフの方にひめゆりの塔へ連れていってもらって、そこで見た色濃く残る歴史に触れてかえってきたとき、頭の中にできあがってきたんです。「いま、録りたいです」っていってその勢いのまま録りました。本当はそのときの歌は仮歌だったんですけど、あとから撮り直しても、うまく歌わなきゃとなってしまったので、そのときのを使いました。</p>

<p xml:lang="en" lang="en"><em>─タテさんのライブは、独特の雰囲気がありますね。お客さんとの関わり方で、意識していることはありますか？ </em></p>

<p xml:lang="en" lang="en" class="interviewcomment">そのままの自分でありたいのですが、ステージ上の自分は全く自然体じゃないこともあって、それ以上の自分やそれ以下の自分になってしまうこともあります。自分ひとり「最高！」と思って拳を上げてもお客さんの反応が違ったりとか、逆に最低と思っているのに反応がよかったり、いろいろです。そのままの自分を見てもらえるかどうか、歌いながら確認していって、お客さんも自分もちょうどフィットするというのが望ましいです。 
<br />
ステージの上は、ウソをつけない場所です。ネオンホールもそうですけど、魔物が住んでいるんじゃないかと思います（笑）。</p>

<p xml:lang="en" lang="en"><em>─対バンの影響は大きいですか？ </em></p>

<p xml:lang="en" lang="en" class="interviewcomment">はじめてスーパーネオンに参加したときは、衝撃的でした。何でもアリなんだなぁって。自分はいままで何をやってきたんだろうって思いました。でも、最終的には自分は自分、自分のできることをやるしかないって思い知らされます。あの人になりたいと思ってもダメ。フワフワしてしまうだけです。</p>

<p xml:lang="en" lang="en"><em>─今回のアルバムは、沖縄と高知でレコーディングされたんですね。その理由は？ </em></p>

<p xml:lang="en" lang="en" class="interviewcomment">いままではずっと飯田でレコーディングをしてました。飯田でしかできないと思っていたんですけど、3回やったんだから他でもできると思って、外に出ました。沖縄と高知を選んだ理由は、いい出会いと、いい風土があったからです。友達に紹介してもらった沖縄のピアノの録音場所では、初めてその場所へ行って、ポンとピアノを押したんですよ。なぜだかわからないんですけど1音弾いただけで涙がでてきました。言葉で理屈で説明できないんですけど、ここでやりたいって思いました。高知ではスタッフとともに合宿状態で寝食をともにしてレコーディングにあけくれました。 
<br />
地元であっても他の場所であっても、どこに行っても逃げられないんだと思いました。今回のアルバムのジャケットは、高知の藤島晃一さんの絵画「狼の皮を被った羊」を使わせていただいてます。私が初めて「買いたい」と思った絵です。</p>

<p xml:lang="en" lang="en"><em>─曲づくりでの違いはありましたか？ </em></p>

<p xml:lang="en" lang="en" class="interviewcomment">いっそう自分をみせつけられたと思います。はじめは自分には何もないんじゃないかと思ったり、どうしていいのかわからないこともあって、何度も問いただしたんです。そんなときの自分は、周りから見ても最悪だと思います（苦笑）。自分がどう思っているかという意志がスタッフになかなか通じなかったりもしましたけど、自分のやりたいことを尊重してくれたり、「はやく」と一言もいわずに待っていてくれたスタッフに感謝しています。 <br />
今回は、ピアノが生きているということを初めて知りました。場所とか向きとか車輪の向きとかで違うんですね。瞬間瞬間を見計らって一番いい、というところで録るようにしました。 

</p>

<p xml:lang="en" lang="en"><em>─タテさんが一貫して伝えていきたいことや生き方のスタンスありますか？</em></p>

<p xml:lang="en" lang="en" class="interviewcomment">一貫していることは、自分をそのまま出しつづけていくこと。伝えるということはとても難しいので、聴いた人の捉え方は自由におまかせしたいです。それから、自分に知らしめたい。知らないことは知っていきたい、出会っていきたい、大事なものは忘れたくないです。 
<br />
とにかく人と会うことが大事だと思っています。一人では感じられないことが、人と会うことでくつがえされる。音楽ってそのための手段じゃないかなと最近思います。 
</p>

<p xml:lang="en" lang="en"><em>─Webは活用してますか？</em></p>

<p xml:lang="en" lang="en" class="interviewcomment">普段は知る手段がWebしかないので、けっこう見てますよ。気まぐれ日記は書いていて、人を意識していますけど、今の出来事を書いていこうと思ってます。それから、人はどうやって表現しているのか気になるので、他の人のサイトも覗いたりします。あの人のようになりたいけどなれない、その繰り返しです（笑）。
</p>

<p xml:lang="en" lang="en"><em>─ありがとうございました。</em></p>]]>
        <![CDATA[<h2 xml:lang="en" lang="en"><em xml:lang="en" lang="en">Profile</em></h2>
<p xml:lang="en" lang="en">タテタカコ [Takako Tate]<br />
シンガー<br />
url :<a href="http://www.tatetakako.net/" target="_blank">Tate Takako on line</a><br /> 

</p>
<p xml:lang="en" lang="en">1978年7月24日生まれ、飯田市在住。<br />
国立音楽大学音楽教育学科卒。2001年から地元のライブハウス「キャンヴァス」でライブ活動をはじめ、長野市「ネオンホール」や東京「スターパインズカフェ」などでの活動が評判を呼び本格的な音楽活動をスタートさせる。<br />
2004年の夏に公開された是枝裕和監督の映画「誰も知らない」の挿入歌に「宝石が」起用され、映画出演も果たす。<br />
</p>

<h2 xml:lang="en" lang="en"><em xml:lang="en" lang="en">Information</em></h2>
<p xml:lang="en" lang="en">
<em xml:lang="en" lang="en">New Single「ワスレナグサ」</em><br />3/7発売　1,200円（税込）<br />
<img src="/interview/img/tate1.jpg" class="newsimg" alt="ワスレナグサ" /><br />
映画「アルゼンチンババア」主題歌。劇中で口ずさむアンデス民謡「花祭り」の美しい旋律から起草された叙事詩。

<br />
1.ワスレナグサ<br />
2.泣き虫こよし<br />
3.道程<br />
</p>
<br />
<p xml:lang="en" lang="en">
<em xml:lang="en" lang="en">New Album「イキモノタチ」</em><br />3/20発売　2,500円（税込）<br />
<img src="/interview/img/tate2.jpg" class="newsimg" alt="イキモノタチ" /><br />
「ワスレナグサ」を含む全13曲入りフルアルバム。
<br />
1.～雑踏～<br />

2.身ひとつ<br />
3.手の鳴る方へ<br />
4.ワスレナグサ<br />
5.押し問答<br />
6.157<br />
7.混濁<br />
8.残影<br />
9.月<br />
10.雷<br />

11.頬杖<br />
12.道程<br />
13.やわらかい風
</p>


<h2 xml:lang="en" lang="en"><em xml:lang="en" lang="en">タテタカコツアー2007<br />
「狼の皮を被った羊」</em></h2>
<p xml:lang="en" lang="en">
全国18ヶ所をめぐるツアーです。長野県内の公演は次のとおり。<br />
&raquo;&nbsp;4月18日（火）松本アレックス<br />

&raquo;&nbsp;5月19日（土）松本　まつもと市民芸術館<br />
</p>
]]>
    </content>
</entry>

<entry>
    <title>14 宮内俊宏</title>
    <link rel="alternate" type="text/html" href="http://idnagano.net/interview/2006/12/14.php" />
    <link rel="service.edit" type="application/atom+xml" href="http://idnagano.net/cgi-bin/mt/mt-atom.cgi/weblog/blog_id=2/entry_id=267" title="14 宮内俊宏" />
    <id>tag:idnagano.net,2006:/interview//2.267</id>
    
    <published>2006-12-28T02:36:34Z</published>
    <updated>2007-01-10T00:39:26Z</updated>
    
    <summary></summary>
    <author>
        <name>id=Nagano事務局</name>
        
    </author>
    
        <category term="Producer" />
    
    <content type="html" xml:lang="ja" xml:base="http://idnagano.net/interview/">
        <![CDATA[<h5><img src="/interview/img/i_14miyauchi1.jpg" class="interviewph" alt="宮内俊宏" /></h5>
<div class="profile"><p xml:lang="en" lang="en">長野県内で初となるプロフェッショナルなレコードレーベル・ネーブルファクトリーワークスを率いる宮内俊宏氏。タテタカコ、ビーグルズといったアーティストを擁し、活動は全国規模で展開している。また、10月にオープンした長野発SNSサイトN[エヌ]をプロデュースするなど、音楽のみならず様々なアプローチで文化を開拓する仕掛け人だ。「閉塞感がある」と表現する音楽業界において、文化財として音楽を残していくこと、長野という土地に拠点を置くことなど、お話のなかから宮内氏が常々表現する「純度の高い」文化を創り上げていくためのベクトルが多々垣間見られる。</p>
<p xml:lang="en" lang="en">インタビュアー／id=Nagano　写真／ハラヒロシ</p></div>

<p xml:lang="en" lang="en"><em>─レーベルのお仕事をされているということですが、具体的にはどんな仕事をされていますか？</em></p>

<p xml:lang="en" lang="en" class="interviewcomment">具体的にはアーティストの発掘、育成から作品の商品化、ということになります。といっても、単にアーティストの作品を録音してパッケージにするだけではなくて、アーティストの表現をより強いものにするために日常的にコーチングを施したり、リリースのためのマネージメント、これはリリース時期やコンセプトを考えたり、サンプルや宣伝用のあらゆる素材を用意したり、けっこう細かい作業なんですが、とにかく、ひとりのアーティストを運営して行くために、あまり目に見えないコツコツしたプロセスがいっぱいあります。<br />
けど、今いちばんの懸案、アイディアを費やしているのは、閉塞状態にある音楽マーケットで、消費されて終わるのではない、普遍的な価値を持った音楽作品を継続的にリリースしていくためにどのような方法があるか、ということ、その方法自体を探す作業かもしれません。</p>

<p xml:lang="en" lang="en"><em>─それはいったい、どのような作業なんでしょうか？</em></p>

<p xml:lang="en" lang="en" class="interviewcomment">といっても、具体的な作業のことではないですね。経済や社会の様子をマクロに眺めながら、これからどんな世の中になってくのかな、どんな世の中だったらいいのかな、とか、音楽はどうあるべきなのかな、っていうことを、プロダクションやリリースマネージメントの実務の中にアイディアとして少しずつ注入していく、っていうことですね。<br />
日本の音楽産業は、特に1990年あたりからずっと、音楽の価値を貶める方向へ加速度的に進んで来ているんです。僕も一部そこに加担したということになるんですけど。首の挿げ替えだけしていれば事足りるような粗悪な音楽商品を次から次へ生産してきていて、ヨーロッパの音楽ジャーナリズムからは「クローンのような音楽ばかりが量産される世界でも珍しいエリア」という侮蔑的な評価をされて、けど、ほんとにそんな軽薄なものがマーケットを席巻していて、音楽の価値は限りなくゼロに近づいてってると思います。<br />
一足早くアメリカのタワーレコードが終わってしまったけど、これはデジタル配信の影響や価値観の多様化っていうような問題以上に、90年代以降、薄っぺらい消費されるだけの音楽ばっかり作ってきたことが大きな原因だと思います。あ、もちろん、全部が全部そうではなくって、ちゃんと真価のある音楽作品も生まれてはいるんですけどね、ごく一部で。<br />
それで、レコードが売れなくなって、今度はダウンロードでビジネスするんだっていう安直な幻想を抱いて、ここ数年、いろいろな方向からデジタル配信に殺到しているけど、実は、デジタル配信はぜんぜん伸びてないんですね。某最大手のダウンロードサイトも原価割れ。当たり前ですよね、公開されたWebのデータはもともとフリーが原則のものなんですから。逆に、音楽なんてデジタルデータで事足りるんだって、自分たちで目の色変えて肯定しているようなもので。 
ともかく、もうそろそろ、そんな所からは抜け出さなきゃまずいっていうところまで来てて、音楽や文化をそういう流れから掬って違う流れに乗せようと、そのための方法を考えています。</p>

<p xml:lang="en" lang="en"><em>─その音楽の価値の下落を回避する方法というのはあるのですか？</em></p>

<p xml:lang="en" lang="en" class="interviewcomment">まだ見つかっていません。根本的なところは、音楽を文化財として存在させる、ということになると思います。音楽はもともと消費材じゃなくて文化財だったはずなんです。だから、もう一度文化財として存在させるように転換を計ろうということだと思うんです。けど、そのために何をしたら良いのか、具体的な方法はまだわかっていません。<br />
文化財といっても、それが保護されないと存在できないような状況ではだめなわけで、その文化財がちゃんと生きていて、経済的に自立できる方法を持つ必要があるわけですよね？そのための方法を見つけ出さなきゃいけないと思うんです。<br />
まだその方法はわからないけれど、じゃあ、だからといって消費に寄りかかったままで行こうっていうのはもうダメなわけで、だから、ともかく、まずは消費物から離れた所に音楽を置いてみようと思って、今いろいろなことを試しているところなんです。そこで、ビジネスとして成立する方法をできるだけ早くみつけようという、難題といえば難題ですが。良い方法を見つけるのが早いか、資金が尽きて倒れるのが早いか、サバイバルですね。</p>

<p xml:lang="en" lang="en"><em>─消費物から離れた所というのは、どんな所のことですか？ </em></p>

<p xml:lang="en" lang="en" class="interviewcomment">いろいろな言い方があると思います。たとえば、東京は消費経済の象徴的な場所で、巨大な消費の集積ターミナルです。東京だけじゃなくて、東京に向いた多くの日本の都市もそうかもしれない。ひとつの方向へ向かって殺到することや、目立つ、という方向でしか考えられないメディアやコマーシャルの世界も消費そのものだと思うし、今やニュース番組も情報を消費しているだけのように思えます。いろいろな局面で消費は世の中を支配しているんですけど、つまり、そんなものから離れた所ですよね。トップページに名前を出すために毎日毎日あれこれ、手を変え品を変え話題を作ろうとすることや、実質の無いところに三行コピーや粉飾イメージであたかも価値があるように見せることとか、世の中のあちこちで回避するべきいろいろな嘘っぱちが盛んに行なわれています。</p>

<p xml:lang="en" lang="en"><em>─つまり、東京へ行かないとか、コマーシャルに関わらないとか？</em></p>

<p xml:lang="en" lang="en" class="interviewcomment">いや、東京行きますよ。コマーシャルやテレビメディアを拒否するという意味でもなくて、アーティストの質感が損なわれないための準備ができたらタイアップもするし。けど、クリエイティヴなものが生まれて発信される場所としては、東京はあんまり魅力がないですよね。どっちかって言ったら出来上がったものが集まる見本市です。なので、その目的であれば最高に効率的な場所です。テレビメディアも、コマーシャルも、尖っててカッコイイものってほんとに少なくなってしまいましたよね。けど、制作者には良いセンス持っている人も確実にいて、そんな人達をひとりでも多く発見して、少しずつ、価値のあるコンテンツが増えて、そんな良いコンテンツに文化財としての音楽を提供できるようになれば、大きな伝達の手段が確保できるっていうことになります。</p>

<p xml:lang="en" lang="en"><em>─レーベルの本拠地は長野県飯田市ですね。</em></p>

<p xml:lang="en" lang="en" class="interviewcomment">これも消費物から距離を置きたいという感覚から来ていると思います。ずっと東京で音楽制作に携わっているうちに東京から発信することに飽きた、という部分もあるんですけど、もう、とにかく東京はもう新しい文化を生み出す場所ではないって、90年代の末期に思って。東京も、もう、特に80年代の半ばくらいから、東京に文化の匂いのする街は無くなってきてて、最後が80年代初期の渋谷くらいかな、日本に本物のパンク・ムーヴメントが発生した唯一の時期で、まだ何か生まれそうなかんじがしてたのは。だから、もう今では壮大な消費の実験場っていう、地球を擦り減らして行くようなことしかできない街になっていて、煩わしい嘘っぱちが毎日毎日山ほど積み上げられるし、今ではとうとう六本木ヒルズみたいなものが象徴になっちゃって。こんな下品な街ではクリエイティヴな精神が住みつくことはできないなって。<br />
それで、そういう場所から遠く離れてて、個性的なアーティストが生息できる余地があって、イメージのきれいな場所、ということで長野があって、その長野の中でも更に辺境であるということで飯田なんです。</p>

<p xml:lang="en" lang="en"><em>─様々なミュージシャンやアーティストの卵の発掘というのもお仕事の一つだと思います。宮内さんがこの人ならいけるというポイントってどういうところですか？</em></p>

<p xml:lang="en" lang="en" class="interviewcomment">主に、表現する本質を持っているかどうか、個性的な表現に結びつく素養を持っているかどうか、ということです。それは、そのときに行なっている表現そのものを判断するのではなくて、その個性が最大に影響力を発揮した時に表現としてどんなことが起きているのか、ということを想像して判断します。<br />
一方で、その時に流行っているフォーマットやスタイルを上手に取り入れている音楽はまずダメです。その時点で既に誰かより後ろにいて、しかも、そういうスタイルに殺到する人口というのはとても多いので、その群れの中で競っているうちにトレンドが通過してしまってダメになってしまうことがとても多い。<br />
だからとにかく、まずは個性です。それと、表現しようという強い動機があって、自分の表現を鍛錬しようという姿勢があること。このあたりがまず一番最初に検証するべきポイントだと思っています。そして、その個性がどんな表現に結びついたら影響力を発揮するかということを想像できるかどうか。それがリアルな形で想像できればもうほぼOKです。</p>

<p xml:lang="en" lang="en"><em>─それは想像通りに行くものなんですか？ </em></p>

<p xml:lang="en" lang="en" class="interviewcomment">想像通りの表現になるかどうか、ということでいえば、ほとんどの場合はそうなります。目利きの能力とコーチングの能力の問題なのですが、まず、わりと正確にその人の潜在的な能力や指向を推測できる自信はあります。それに沿って、そのアーティストの面白い部分、武器になる部分を適切なコーチングによって伸ばして行けば、ちゃんと新しい尖った個性的な表現が完成するはずなんです。大切なのはコーチング。日本の音楽制作でも、コーチングという考え方がもっと発達するべきだと思っています。 
日本では多くの場合、ヒットの法則とか、こんなかんじだったら売れるかもしれない、今売れてるのはこんなだから、とか、そんな程度の根拠であれこれひねり回されて、そのうちに自分が何をしたいのかわからなくなってしまうことがとても多いです。センスの悪い幼稚な制作者がレコード会社の社員としてアーティストと作品を管轄していることが多いから、よっぽど強い才能と幸運に恵まれないと、アーティストとして自分の表現を全うできる人はほとんどいない。けど、そうではなくて、制作者側がその表現の本質、個性を理解して、その個性が最大の影響力を獲得するようにコーチングするっていう考え方が標準になれば、もっと多くのアーティストが豊かな表現を実現できるし、クローンのようなアーティストが次から次へ産出されるっていう気持ち悪い事態から脱却できるはずなんです。</p>

<p xml:lang="en" lang="en"><em>─なによりも個性ですね。これまでに出会った人で衝撃を受けた人はどんな人がいますか？ </em></p>

<p xml:lang="en" lang="en" class="interviewcomment">いろいろな人がいろいろな形のショックを僕に与えてくれていて、それはもう、ほんとに大勢いて数えきれないです。逆に言うと、特別に衝撃をもたらした人というのは、どうだろう、いるのかなあ。<br />
そうだ、最近、遠藤ミチロウさん、すごいと思いましたね。もう、とにかく、表現の塊。パフォーマンスだけじゃなくて、すべての事象に対する姿勢が素晴らしく大きいんです。あとはどうかなぁ、すぐには思い浮かばないですね。</p>

<p xml:lang="en" lang="en"><em>─タテタカコさんはどうでしたか？</em></p>

<p xml:lang="en" lang="en" class="interviewcomment">あ、あの人は衝撃でした。すみません、いましたね、衝撃。<br />
彼女は数少ない真性の表現者のひとりだと思います。普段はふにゃふにゃしたゆる〜い女の子なんですが、おい、おまえ大丈夫か?みたいな。けど、表現者としての意志の強さとか、才能は類稀な人だと思います。それに、自分の表現に対して常に「これで良いのか」という視点を持っていて、常に表現を鍛錬している。けして器用にあれもこれも作れますっていう人ではないけど、鍛錬して鍛錬して、研ぎすまして作り出してくる作品やその表現は素晴らしいですよね。その個性的な視点とか、妥協しない斬新さとか。しかも、単にアヴァンギャルドに突っ走っているわけではなくて、ちゃんと多くの人に受け入れられるポップなセンスもかなり適切なラインを押さえている。本当に希有なアーティストだと思います。ある意味、長野のアート感というのを象徴できる才能なのではないでしょうか。</p>

<p xml:lang="en" lang="en"><em>─長野の文化についてどのように見ていらっしゃいますか？長野の良いところ、面白いところは？</em></p>

<p xml:lang="en" lang="en" class="interviewcomment">アヴァンギャルドな表現をする人達が多く潜在しているエリアだと思います。僕も長野出身、飯田なんですけど、最近までここがこんなところだなんて思わなかったですね。タテタカコが飯田のライブハウスで発見されたのが2001年、情報として東京に届いたのが2002年。それまではまったく着目していなかったんですが、それ以降、長野県に注目し始めたら、面白い、個性的な表現をしている人達があちこちにいる。特にネオンホール周辺から受けた印象が大きかったんですが、当時の僕の中のイメージでは、京都と似たようなトーンを持つエリアでした。<br />
京都はもう既に文化の発祥地としてシーンは成立していて、そのためのプラットフォームもしっかりと持っている所で、長野は、同じようなアヴァンギャルドな表現者が生活できている場所なんだけど、それがあちこちに散在している状態で、シーンとして形成させたり、外に伝播してゆくためのプラットフォームがない。それで、京都と長野を行ったり来たりしながら、地下水脈で結びつけるような関係を作りながら、長野に文化発信のためのプラットフォームを作ったら面白いことになるんじゃないかと思ったんです。<br />
そもそも長野県という地域自体アヴァンギャルドで、日本全国の県の中で唯一平均標高が千メートルを越えていたり、北信、中信、東信、南信、それから木曽、５つのエリアに完全にアイソレートされてて、それぞれ独立した文化を持って、ぶつかったり、往来したり、アイディアの交換があったりする。これは他の県にはない性質で、突然変異的に新しい文化が生まれる要因になりうる、面白い要素だと思っています。プロモーションは展開しにくいけれど、良いですよね、そんな特徴があるって。</p>

<p xml:lang="en" lang="en"><em>─N[エヌ]がスタートして、県内外からかなり注目を集めています。ここまでの感触はどうですか？</em></p>

<p xml:lang="en" lang="en" class="interviewcomment">とても困難なことを始めてしまった、というのが正直なところなんですよね、すみません。もちろん、立ち上がりで注目を集めることができて、その分野の人達から良い評価を得られたというのはとても嬉しい状況なんですが、逆になおさら、大変だぁ、っていう出来事でもあるんですね。基本的なコンセプトがしっかりしていて、サイトの構成やデザインワークが優れていて、それで良い評価を得られたと思うんですが、実は、目指しているクオリティーをクリアするための体制が準備できてスタートしたかというと、決してそうではないわけですよね。いってみれば、なんとかアイディアでアドヴァンテージを得て、チームの献身的な努力によって、混乱しながらもなんとか進んで来ているっていう状態だと思います。問題は、高いエネルギーの要求されるこれからのプロセスをどんな方法で乗り切ってくか、っていうことですよね。とても大きな課題であり、是非とも乗り越えなきゃいけない課題です。</p>

<p xml:lang="en" lang="en"><em>─ユーザーの反応などから、今後の展開についてのヒントは得られましたか？</em></p>

<p xml:lang="en" lang="en" class="interviewcomment">まだ何をどうしてったら良いか解析できてはいないです。たとえば、mixiなんかも、コミュニティーが活発に動き出すまでだいぶ時間がかかったようですが、長野県全域、という範疇の中で、より有益な情報交換が行なわれるためにどのような仕組みが必要なのか、まだ今のところ、いろいろ試験的にアクションしながら、あれこれ考えているところです。早くいろいろな工夫をして、参加してくれたユーザーが楽しく居られる場所にして、面白い生の情報がどんどん集まるようにしたいですよね。<br />
ただ少なくとも、スタート直後にこれだけ大勢の方が参加してくれたっていうのは、やっぱりここで、こういう機能や性質を持ったメディアが要望されていたということで、まず最初の一歩は間違っていなかったということですよね。なので、その方向性を信じて、キープして、期待感を失速させることがないように、これからいろいろな努力をしなければいけません。</p>

<p xml:lang="en" lang="en"><em>─Webは、宮内さんにとってどんな存在ですか？どのように利用して、何を期待しますか？</em></p>

<p xml:lang="en" lang="en" class="interviewcomment">必要な量の、膨大な量の、手に入れたい情報をあっというまに手に入れることのできる最終兵器ですね。実生活や仕事上のことでも、学術的なレベルのことでも、遊びのことでも、もうWebはすべてにおいて欠かせません。先週、真夜中の路上でふとノートブックを広げてみたら、どこの電波かわからないんだけどネットワークを検知してインターネットに接続できたんですね。ユビキタスコンピューティングの世界が本当に間近に来ているかんじがしました。<br />
できれば、Webには人間にとって有益な、社会を幸せな方向に誘導できる知識や情報がたくさん蓄積されていて、それがユビキタス環境によって日常的にすべての人に供給される、すべての人が知的に充足できるような世の中になったらいいですね。 
</p>

<p xml:lang="en" lang="en"><em>─ありがとうございました。</em></p>

<h5><a href="http://www.n-sns.jp/" target="_blank"><img src="/interview/img/i_14miyauchi2.jpg" class="interviewph2" alt="N" /></a></h5>

<p xml:lang="en" lang="en"><em>関連リンク</em></p>
<ul xml:lang="en" lang="en">
<li><a href="http://www.n-sns.jp/n-gene/feature/2006/12/_nex1_showcase_n.php" target="_blank">[N-ex1] SHOW CASE N を記録する 〜前編〜</a></li>
<li><a href="http://www.n-sns.jp/n-gene/feature/2006/12/nex1_show_case_n.php" target="_blank">[N-ex1] SHOW CASE N を記録する 〜後編〜</a></li>
<li><a href="http://www.n-sns.jp/n-gene/feature/2006/12/nex1_show_case_n_2.php" target="_blank">[N-ex1] SHOW CASE N を記録する 〜これも後編〜</a></li><li><a href="http://www.n-sns.jp/n-gene/editors/miyauchi/" target="_blank">[N-gene]編集部ひとこと日記　宮内俊宏アーカイブ</a></li>
</ul>]]>
        <![CDATA[<h2 xml:lang="en" lang="en"><em xml:lang="en" lang="en">Profile</em></h2>
<p xml:lang="en" lang="en">宮内俊宏 [Toshihiro Miyauchi]<br />
ネーブルファクトリーワークス代表取締役<br />
url :<a href="http://www.navelfactory.jp/" target="_blank">Navel Factory Works on line</a><br /> 
</p>
<p xml:lang="en" lang="en">1960年、長野県飯田市生まれ。1980年代より音楽制作業務に従事。<br />
2003年10月、長野県初のプロフェッショナルなレコードレーベルを設立。<br />
2006年10月にスタートした長野県の地域SNSサイト・N[エヌ]の代表を努める。</p>
]]>
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